22人が本棚に入れています
本棚に追加
音羽 拗ねる
俺は、まだ残っていた関係者に、
「他に残っている人はいませんか?」と尋ねた。
「そう言えばまだ、舞台で誰かピアノ弾いていたな」
急いで舞台に向かった。
薄暗がりの中に、一人ピアノの鍵盤に、頭を打ち付けている音羽がいた。
ギャ~ンギャ~ン! 不協和音・・・
そして「アイスクリーム・アイスクリーム」
聞き覚えのあるフレーズ。
そっと、近づき・・・・
「ごめん」
「えっ?」
と、言ったきり暫く沈黙が続いた。
そして、顔も上げずに、鍵盤に頭を付けたまま
「どなたですか? 今日は私の出番はないそうです。
明日・・・伺います・・・」
拗ねている。謝るしかない。
「てっきり、打ち上げに行くのかと思って・・・」
音羽は小声で
「友達が言ってました。たくさんの人とお付き合いしている人は、本命がイブで、クリスマス当日が二番目で、イブの前日が、三番目だそうです。私は・・・最後じゃなくて良かったです。フッン!」
「だから・・・・勘違いした。悪かった。俺には二番目も三番目もいない! 音羽だけだから」
音羽は、更に嫌味っぽく
「イブの日に、フィアンセ放っといて、打ち上げなんて行く人の顔が見たい・・・・」と言ってきた。かなり怒ってる・・・
俺は必死に、音羽の機嫌を直そうと、片膝付いて、
俺に背を向けている彼女と、同じ目線になろうとしゃがみ込んだ。
「オ・ト・ハ~~、悪かった! 謝るから、こっち向いてくれ」
「向いたら、何か良いことありますか?」
「ある! リウニョーネのフルコース料理が待っているし、デザートはアイスクリーム多めにしてもらおう! どうだ?」
「いいですね♪」
と、全身をピアノ椅子からクルッと俺の方へ向けた。
10cmも離れていない距離に、音羽の顔がひょいと現れた。
俺は思わず、何も考えずに、抱きしめてキスをしてしまった。
その瞬間、舞台のダウンライトも消え、その場が真っ暗な闇になった。
これだけなら、俺にとって、もってこいのシチュエーションなのだが・・・
「閉館時間になりました。まだ館に残っている方は、至急裏口からお帰りください」と、場内アナウンス・・・
慌てて顔を離して、音羽の手を引いて、楽屋口へと急いだ。
いつもながらの大きな荷物を抱え、タクシーに乗り込んだが、何故か二人ともバツが悪く、黙りこくっていた。
私(音羽)の頭の中はクルクル回っていた。
あれは何? キス? 事故? 初めてのキスが真っ暗闇の中? 何がどうなっているのか分からないうちに終わった・・・・
最初のコメントを投稿しよう!