22人が本棚に入れています
本棚に追加
クリスマス・イブ 「リウニョーネ」で
リウニョーネでタクシーを降り、クリスマス飾りで華やかな店のドアを開ける。
玄関先には、小さいブルーのイルミネーションで、落ち着いた光を放っているクリスマスツリーがあった。
店の奥から辰巳が慌てて出て来た。
「いらっしゃい! 今日は素敵な時間を! と言いたいとこだが・・・参ったよ! 子供が風邪ひいて、理恵が助っ人に入れなくなった。 輪をかけて厨房の見習いシェフも、階段から落ちて、足捻挫だよ」
「そりゃ大変だなぁ」
「理恵って?」
「優馬のカミさんだよ。忙しい時だけ手伝いに来るんだ」
辰巳は申し訳なさそうに
「悪いけど、奥の席で、時間掛かるけど待ってって」
席に着いたが、店内も厨房もてんてこ舞いになっているのが見えた。
突然、音羽が「パンを一つ頂けますか?」
辰巳は「あっ! そうだね。ちょっとパンで、お腹もたせていてね」と
パン籠にフランスパンを入れて持ってきた。
「腹ペコでは戦に勝てず!」と言ってパンをムシャムシャ齧って
「恭平さん! 何してんですか? 早くパン食べて行きましょう」
「へっ? 何処へ?」
「何処へって? 厨房ですよ。私、これでも料理得意なんです。何かお手伝いできることがあるかもしれません」
「料理と言っても・・・家庭料理とプロの料理では・・・」
厨房を覗いた音羽は
「あっ! 恭平さんは、あそこにグラスとお皿が溜まっています。あれなら誰でも出来ますよね?」
「え~~~? 皿洗い、俺するの?」
テキパキ進める音羽に連れられて、厨房に入る。
辰巳もビックリしながらも、猫の手も借りたいと、喜んで二人にギャルソンエプロンを渡してきた。
そして、
「うちの食器、RICHARD GINORI なんだから、割るなよ」
と、わざとプレッシャーをかけてきた。
意地悪なやつだ!
2・3枚割ってやるか!
とんだクリスマス・イブになりそうだ・・・
厨房では、慣れた手つきの音羽に、シェフが盛り付けまで教えている。
「いやぁ! 見習いよりずっと使える。ここで働いてよ!」
と褒めていた。
俺は・・・皿と、かれこれ1時間以上格闘している。
厨房が、少し落ち着いた頃、音羽は客席に出て、レモンウォーターのお代わりを、メリークリスマス♪ と言いながら楽しそうに、席を回って注でいた。
その時、店に入って来たカップルが、喧嘩をしだした。
どうも俺と同じで、ディナーの予約をしていなかったらしく、彼女に酷く怒られていた。
男は、何処行っても断られたらしく、何とかならないかと辰巳に、手を合わせていた。
それを見ていた音羽は、急に俺の所に来て、
「今日はディナー、コースでなくてもいいですよね? シェフに美味しいオムライスお願いしますからね」
「はぁ? 何でオムライス?」
と言う言葉も聞かずに、もう、辰巳に何か話している。
「えっ?音羽ちゃんそれで良いの? 悪いね。じゃあ、お客様にそう話してくるよ。きっと、喜ぶよ! ありがとう」
何が何だか分からないうちに、さっきのカップルが俺と音羽の席に座っている。
女性の方は、つい今しがたまで、泣きそうだった顔から、溢れるような笑顔でコース料理の説明を聞いている。
音羽もそのカップルを見て、嬉しそうにしている。
俺も、やっと事情が呑み込めた。
音羽・・・オムライス大盛にしてもらおうな♪
ディナーは控えめだったが、目に見えない大切なものを、たくさん貰った一日になった。
そして、最後に慌ただしくて忘れるところだった、クリスマスプレゼントに買ったティファニーのオープンハートのネックレスを、音羽の手にそっと乗せた。
潤んだ瞳でジッと俺を見て「ありがとう♪」と、そっとキスをしてくれた。
音羽からのキスは俺にとって、最高のプレゼントだ。
それは暗闇の中のキスよりも、ずっと甘かった。
俺は、こんな甘い関係が、ズッと続くと思っていたが・・・
最初のコメントを投稿しよう!