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音羽の苦悩
慌ただしかったクリスマス・イブの夜から、ラインでは、頻繁に連絡を取っているものの、お互い忙しく会う機会がなかった。
俺は音羽との約束を、果たすべく準備を始めていた。
そのため、通常の仕事とは別に、面倒な資料集めと、企画書の準備で、年末年始は手一杯になってしまった。
会えなくても、きっと音羽は分かってくれていると、勝手に解釈して、進めていた。
音羽の現状を何も知らずに・・・・
音羽も、冬休みになったが、午前中は、ビィオラの練習に学校へ、午後からは相変わらずアルバイトに頑張っていた。
しかし、生まれて初めてのアルバイトで、緊張と慣れないことだらけで、かなり疲れが出てきていた。
何と言っても、一番辛いのは、食事がまともに食べられないことだった。
父親と顔を会わすのが嫌で、家はただ寝るだけの場所と化していた。
食事はほとんどが、コンビニとマックで済ませていた。
母は、門限ギリギリに帰ってくる音羽のために、おにぎりやサンドイッチを用意してくれていたが、父の手前、意地でも食べなかった。
大食いの音羽にとっては、かなり堪えた。
だからか、恭平とのディナーはテンション大上がりで、唯一のご馳走だった。
そんなある日、アルバイト帰り、朝から何も食べてない為、空腹でふらふら歩いていると、〘立ち蕎麦〙の看板が、フッと目が止まった。
値段の320円も、今の音羽には、魅力だった。
あっ! 食べてみたい・・・
入ったことがないし、女一人で入るには勇気がいる場所だつた。
時間もないが、お金も貯めないと、ドイツへは行けない。
音羽は、一人席の多いマックやスタバなら入れるが、それ以外は、立ち蕎麦どころか、ファミレスも一人で入ったことがない。
思い切って入ってみた。
周りはサラリーマンや男子学生ばかりで、女子は音羽一人。
「いらっしゃい、何します?」
おそるおそる
「かけ蕎麦・・・一つお願いします」
「トッピングは?」
「トッピング?」
「天婦羅・たまご、いろいろあるよ」
「結構です、かけ蕎麦だけで・・・」
頼んで5分もかからず、蕎麦が出てきた。
早い! 空腹の音羽にとっては、ありがたい速さだ。
「あれっ? かき揚げのってますけど、頼んでいませんよ」
「あっ、サービスね。可愛い女の子なんて珍しいからね」
「えっ? いいんですか? ありがとうございます」
「遠慮しないでどうぞ!」
空腹のせいか、周りの視線も気にせず、美味しそうに蕎麦をすすった。
「ご馳走様でした。美味しかったです。また、来ますね」
「またおいで! 待ってるよ!」
お腹が満たされると、気持ちまで少し明るくなる。
帰り道、澄みきった空にはオリオン座が、輝いていた。
頑張ろう! この空を飛んでドイツへ行くんだ!
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