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現実
2曲目を終えて、Memoryを弾こうと顔を上げると、ウエイターにお代わりの飲み物をオーダーしていたあの男の人の横顔が見えた。
心臓が止まった・・・かと・・・うそ! やっぱり恭平さんだ! 確かにあの横顔は彼だ!
何故? 何故? 忙しいって言ってたのに・・・私じゃなく、他の女の人と仲良く食事?
ピアノに向かうも、指が震えて弾けない・・・
でも、弾かなくちゃいけない。頭は真っ白で、何も考えられないが、弾かなくちゃ!指だけは動かそうと、必死にビアノの鍵盤を叩いた。
鍵盤にいつしかポタポタ涙の雫が落ちている。震えながらもなんとか最後の曲ノクターンまで辿り着いた 。
私と彼の別れの曲になるのだろうか。ノクターン !
すべて弾き終わって思い切って、もう一度彼の方を伺うと、女性は憂いのある笑顔で、彼をジッと見つめていた。
彼の顔は後姿で分からなかったが、真っすぐ彼女を見ているようだった。
私が会いたいって何度もお願いして明日なのに・・・あの女性は今日?
やっぱり、私は二番目だったのかしら?
恭平さんは、お子様の私にちょっと興味が出て、遊んでみたかっただけなのかもしれない。
バカだなあ・・・私・・・本気になって!
こんな幼稚な私との結婚なんて考えるわけないのに・・・
私はあんな素敵な大人の女性には、絶対叶わない!
二人は、エレガントな大人同士でとてもお似合いだった。
打ちひしがれながらも、帰り支度をして、ホテルの玄関を出た時、タクシー乗り場に恭平さん達の姿があった。
思わず、大きな柱の陰に隠れた。
女性の肩を優しくエスコートして、タクシーに乗り込む彼の仕草に嫉妬した。
タクシーが走り去ろうとした時、思わず、柱から飛び出て
「待って! 恭平さ~ん」と、叫んでしまった。
二人を乗せたタクシーは、何事もなかったように去って行った。
愕然と立ち尽くしてしまった。それからどのくらい経ったか分からず、はっと、時計を見た。
いけない! 門限がとっくに過ぎていた。
私は、お腹が空いて死にそう! そして、帰る家も閉め出された。
1月の寒い北風に打たれながら、丸の内から銀座方面へと、あてもなく歩き始めた。
自分が、パトラッシュ(犬)とネロの物語(フランダースの犬)みたいに、ヴィオラを抱えて、死んじゃうんじゃないか? 寒さと飢えと疲れで、最後のマッチを灯した後で死んでしまう(マッチ売りの少女)になったみたいだと、悲劇ばかりが頭をよぎる。
グチャグチャの涙と一緒に、変に笑ってる自分がいた。
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