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恭平の思い
海外出張から帰ってきて、直ぐに音羽に電話した。
彼女も、話したいことがありそうだったが、俺も久しぶりに音羽の笑顔が見たかった。
考えてみれば、音羽との約束の夢を叶える為に、上司の承諾をもらおうと、必死で企画書と睨めっこで、音羽とは半月も会っていなかった。
音羽から会いたいと、言ってくれたことは嬉しかった。
ドイツ土産には、シャンパントリュフと、音羽にどこか似ていた、シュタイフのテディベアを買ってきたが、喜んでくれるかな? と音羽の顔を思い浮かべてにやけていた。
8日は出張の報告やらで朝から忙しかった。
そろそろ仕事も一段落するかと思った時、1階の受付から内線があり、
「水樹様と言う方が来られています。ご案内してもよろしいでしょうか?」
「えっ? 碧? 今頃何で?」「忙しいので・・・」と言おうとしたところで
「何? 居留守? 早く下降りてきなさいよ!」
受付嬢の電話を無理やりとって言ってきた。
「分かった。今行く」
いきなりの別れだったので、最後くらい、きちんと話をしておこう、そう思って受付のある一階へ降りた。
今日はとりわけ寒いのか、相変わらずセンスの良いMONCLERのダウンコートで決めている。
「なかなか捕まらないんだから」
と、文句を言ってきたが、未練たらしい態度ではなかった。
「今日でお仕舞いにしてあげるから、最後の晩餐付き合ってよね!」
「あ〜あ分かった」
碧と連れ立って、近くのホテルのレストランへ向かった。
このホテルは接待やパーティーで、時々使っていたので、落ち着いたレストランがあることも知っていた。
正月のイベントか? レストランに入ったときは、1回目のピアノライブが終了していた。
俺はさほど腹が減っていなかったので、オードブルとビールで済まそうと思ったが、碧が、
「最後くらい一緒に、ちゃんと食事をしてよ」
と、言ってきたので、二人ともコース料理を頼んだ。
食事の途中に、二回目のライブが始まった。
(Memory)が聞こえてきた。音羽の好きな曲だと、思わずピアノの方へ振り向いたが、演奏者はピアノの陰になって見えなかった。
メインは鴨の赤ワインソース添え、最後に柚子アイスクリーム・・・音羽なら大喜びしそうだと、少し罪悪感を感じてしまった。
碧は、誰から聞いたのか、
「取引先のお嬢さんなんだって? 貴方がそんな政略結婚なんかで、動くなんて思わなかった」
違う! 音羽の真っ直ぐな気持ちに・・・と、言おうとしたが、やめた。
政略結婚と思われたほうが、碧のプライドを傷つけづにすむと思った。
それ以上、碧は何も言ってこなかった。
食事を終えて、最後なんだから送ってほしいと言われ、タクシーに乗った。
タクシーが発車して、直ぐにかすかに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
運転手が、
「お連れ様は、もう、いらっしゃいませんよね?」
と、言ってきた。
「あ〜二人だけだ」
運転手は
「では、このまま行きます」
その時、運転手の見ていたバックミラーには、音羽の姿が映っていた。
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