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夢からどん底へ(side 音羽)
私 天利音羽は、海外留学を夢見る音大生。
小さい頃から必死にヴィオラを練習してきて、やっと今年10月に念願だったドイツのミュンヘン音大の留学試験に受かった。
来年卒業して、夏休み明けの9月にドイツへ渡る。
これからヴィオラの勉強が思いっきり出来ると喜びに胸が踊り、毎日がバラ色に輝いていた・・・11月までは・・・
11月の中旬にいきなり父親から、見合いの話があり、私の人生最大の夢である音楽留学は無かった事になった。
私はなぜそうなったのか? 訳が分からず、ただ足掻き、猛烈に抗議したが、聞きいれてもらえなかった。
父は十代続く漢方の老舗薬局のオーナーで、各地に支店もあり、漢方の多くの特許を持っている。
見合い相手は、大手製薬会社の将来は重役になるエリートだと言う。
その製薬会社では、父の特許が欲しいらしい。
父もこれからの会社の事を考えると、新しく事業を発展させたい目論見があるようだ。
でも・・・何も結婚しなくても他に方法があるはずと、私は思うが、製薬会社の方から見合い話が持ち上がり、父も渡りに船とばかりに、その話に乗ったということらしい。
私の10年以上抱いてきた夢が消えかかっている。
何の為に、一所懸命頑張ってきたのか? 涙がとめどなく溢れる。
小学生の時から、ヴィオラの練習と学校以外は、父の言いなりで、お茶にお華そしてお料理と、花嫁修業らしきものをすべてこなしてきた。
それさえしていれば、父はヴィオラにいくらお金がかかっても、黙って出してくれていたから。
楽器演奏を本業にすれば、楽器購入等にとんでもない金額が必要になることもある。コンサートの度にドレスも新調してくれた。本当にありがたった。
今思えば、花嫁修業の方が父にとっては大事だったのかと・・・
私の夢は父にとっては、たんなる子供の夢だったのだろうか。
見合いの当日は、伯母夫妻が介添いとして面倒を見てくれることになった。
伯母は着飾ってホテルで会食することが楽しみのようで、ウキウキしていた。
伯母には子供が3人いるが、すべて男子で面白くないと、いつも言っていた。
女の子のお洒落に付き合うことが、とても楽しいようで、いつも私をショッピングに連れて行ってくれた。
当然私の見合いは伯母の楽しみな玩具になった。
私の着物も、伯母が私の和ダンスの数点ある中から、派手なピンク地に牡丹と菊をあしらった古典柄風の成人式に着た着物を選んだ。
こんな派手な着物は、友人の結婚式くらいにしか、もう着ないだろうと思っていた物だった。
私はお茶席に着ていく、落ち着いた浅黄色の江戸小紋を選んだが、伯母が言うには、私は童顔だから、もっと可愛い感じを大いにアピールするべきと・・・おまけにハーフアップスタイルで大きいピンクのリボンで飾ったヘアスタイルに・・・
え~???
私には、どう見ても成人式より七五三の格好にしか見えない。
伯母が言うには、相手は年齢が一回りも上だから、きっと若いく見える方がお気に召すということらしい。
私は・・・気持ち悪るっ! と思ったが、投げやりな見合いだからどうでも良いと思い、伯母の言うなりにした。
どうせ断固自分で断るつもりなので、写真なんて見る必要なし。嫌われて上等! と。
当日は悲痛な面持ちでホテルに出向いた。
玄関先で憂鬱になり、下を向いて歩いていたら、思いっきりガラスにぶちあたり、痛さと虚しさで涙が出そうだった。
ここで泣いてはみっともないと、好物のアイスクリームを思いだして耐えた。
ホテルのカフェに黙って俯いて座っていると、大きな影がゆっくりと現れた。見れない・・・なんだかとても威圧感がありそうな影・・・
私が相手の顔も見ないうちに、相手は急用らしくスマホを持って出て行った。
私も朝からうだうだしていて、トイレを済ますのを忘れていたので、伯母に叱られながらトイレに向かった。
トイレを済まして出たとき、スマホで会話をしていた、大きなガタイの男の人が、電話相手に「ガキだよ!」と言っている声が聞こえた。
後姿だが、確かに大きな影の持ち主に違いないと、確信したとたん目が合った。
私は、横を通り過ぎるとき、思わず「おじんっ!」と呟いてしまった。
何故かこれで卑屈になっていた気持ちが軽くなった。
嫌われて当然なら、私らしく自然に振舞おう。言いたいことを言えばいいんだ。
それにこのホテルの秋会席は、とても美味しいって聞いたので、今日はそれを楽しもう! もう! なるようになれ! と開き直った私・・・・
会席では、真正面に見合い相手が座った。
やっぱり大きい人だ。私は小柄だから見た目は倍もありそうだった。
彼は大人の凛々しい整った顔だが、厳しそうな雰囲気が漂っている。
絶対、私とは合わないと思った。
秋会席のお食事が美味しくて、大満足だったからか、私は少し言いたい放題になっていたらしく、伯母はお行儀が悪いと、たいそう不機嫌になっていた。
お決まりの若い二人でお話を!
ということで、ナナカマドや紅葉・ドウダンツツが鮮やかに陽に照らされ朱に染まる庭園へ足を向けた。秋の日本庭園は本当に綺麗。
そんな癒しの庭園に出て、少しお話をすることになった。
ここだ! 私の思いを一気にお話しして、向こうから断ってもらう作戦決行!
これなら相手のプライドも傷つけづにすむだろう。
と思っていたが、それほど簡単には済まなかった。
会話が進まないと思っていたら、意外とジャズやシャンソンなど音楽の話も合う。何故か楽しい気分に。
私の言い分もしっかり聞いてくれている。
彼が最初の印象より穏やかに話をしてくれていると言うことは、私の印象も悪くないということか?? これって良いのか? 悪いのか?
大いに戸惑う!
取り合えずこの場は保留にし、私のヴィオラを一度聴いてみたいと言うので、次回の私のコンサートにお誘いした。
嬉しい!って思ったら変??
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