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ヴィオラコンサート
あの見合いの日から2週間後の日曜日。
渋谷駅から、道玄坂へ少し横へ入った小さなコンサート会場。
正面玄関には、音大の有志による弦楽四重奏のコンサートの看板。
演奏者の紹介欄に天利音羽の名前があった。
俺は、コンサートに会社の同僚で、学生時代からの気の置けない友人新庄彰人を誘った。
電話で「ガキだよ!」と言ってしまった男だった。
新庄も俺の見合い相手に、興味があったようで、冷やかし半分で付き合ってくれた。
小さなコンサートホールのドアを開けてそっと席に座った。
すでにコンサートは始まっていて、女性はバイオリン2人とヴィオラ1人の3人。それにチェロとピアノの男性それぞれ一人が舞台にいた。
新庄は「どれどれ?」と必死に女性の顔を探していたが、「ガキ!っぽい女って見当たらないけど?」と怪訝そうな顔をしている。
俺も見合いの日の顔を思い出しながら、3人を見比べてみたが、それっぽい女性は見当たらない。
確かヴィオラと言っていたが、どう見てもヴィオラを弾いているのは、シルバーのベアトップのロングドレスに、髪をUPに纏めた色っぽい大人の女性だ。
あの一見中学生の彼女には見えない。
そこへピアノとヴィオラの独奏が始った。
やっぱりこの色っぽいヴィオラ演奏者が見合い相手だと分かった。
ブラームス:ヴィオラ・ソナタを弾く姿は、神秘的で情熱的な女性に見えた。
まるで見合いの時とは別人のようだった。
何だか狐につままれたようだった。本当にこれがあのガキ??
演奏も本業だと言いはっていたことにも納得がいった。
これは本物かもしれい・・・
俺が勝手に夢を壊してはいけないと、その時思った。
コンサートが終わりロビーに出て帰ろうとした時、奥の方から
「西田さ~ん!」と声が聞こえ振り返ると、彼女がバタバタとロングドレスの裾を持ち上げ駆け出して来た。
あっ! 彼女がロビーの段差に足を取られて転びそうになった。
思わず俺は駆け出し、彼女の柔らかな素肌の肩を抑え込んだ。
「大丈夫かぁ?」と、声をかけるも、何かいけない物に触ってしまった気がした。
彼女は「すみません、靴がブカブカで!」と言って、あの一見中学生の時のような無邪気な顔で笑っていた。
俺の知っている彼女はこれだ。
「今日はお忙しい所をありがとうございました。それに大きな薔薇の花束まで頂きありがとうございます。とっても嬉しいです」
と深くお辞儀をした時、
「グゥ~」と彼女のお腹が鳴った。
思わず「腹が減っているのか?」と尋ねると
「えへっ! 朝から時間が押してて食事するのを忘れてました」
とまた、笑いながら答えた。
「じゃ、これからディナーでも食べに行こうか?時間は大丈夫か?」
と言うと、即座に
「はい! 行きます。ペコペコなので・・・直ぐ着替えてきますので、ここでお待ちいただけますか?」
と言って、こちらの返事も聞かないうちに、隣にいた新庄を紹介する間もなく、バタバタとまた走って控室の方へ行ってしまった。
新庄は
「ガキの意味が分かった。彼女は二重人格か? でも・・・可愛いなぁ~」
と、にやけた顔をしたので、思わず俺は
「お前はもうここで帰ってもいいぞ」と言ったが、
「何言ってんだ! 今日のお供のお礼はまだだぞ。ディナーぐらいご馳走してくれてもいいんじゃないか?」
それもそうだ。仕方ないので、この近くで、レストランを経営している二人の友人でもある 辰巳優馬の所に、3人で行くと、電話で予約をした。
10分もしないうちに、音羽は自分より大きな荷物を抱えて、ヨタヨタと二人の元へやって来た。
そして、やっと隣に居る新庄に気づき
「西田さんのお友達ですか?」
「恭平の大学からの友達で、現在も同じ会社に勤めている新庄と言います。
音羽ちゃん宜しくね!」
何ぃ~? 音羽ちゃん?
「気安く(ちゃん)付けなんかするんじゃねえ」と言おうとしたが
「は~い!よろしくね♪ 新庄さん!」
音羽の陽気な声が先に出ていた。俺の出番が消えた。
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