友達

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3人は、音羽の大きな荷物と共にタクシーで、渋谷から程近い辰巳の経営するレストランに向かった。 そこは小粋なイタリアンレストラン「リウニョーネ」(イタリア語で再会) 小さなカウベルの音に迎えられ、ドアを開けると、 8席ほどのテーブルと品の良い調度品が一つ置かれた落ち着いた空間であった。 店の奥から、男が顔を出し、 「いらっしゃいませ。野獣二匹をお伴に、お腹を空かせたお姫様」 と、歯の浮いたようなセリフを平然と言ってのけるのは、ここのオーナー辰巳。 音羽は目を丸くして、立ちつくしていた。 俺が 「野獣は2匹じゃなくて3匹だろ! お前も同類だ!」 と辰巳と会話を交わしている間に、新庄は音羽と席に着き、メニューをひろげて、親しげに談笑していた。 まったく、油断も隙も無い! と俺は慌てて音羽の横に座った。 3人とも、今日のおまかせコースを頼んだ。音羽はパスタのペスカトーレ ビアンコと、本日のドルチェにイチゴのアイスクリームが付いてると聞いて、速断だった。 新庄は、音羽に向って 「いつもコンサートは、あんな大人っぽいドレスなの?」と聞くと 「いえ、ドレスはコンサートの雰囲気と曲目によって変えます。けど今回の曲に合うドレスを持っていなくて、急遽、友達に借りたんです。そしたらサイズが大きて・・・ドレスはピンで留めて何とかしたんですが、靴はブカブカのまま・・・変でしたか?」 俺は 「いや、変ではなかったよ。とても良く似合ってた。見合いのときの人物とは思えないくらいに大人っぽかった」 新庄も「なかなか色っぽかったよ。どっちが本当の音羽ちゃん?」 と、からかいはじめた。 「うふっ 色っぽかったですか? 本当はドレス、途中でずり落ちるんじゃないかと、冷や冷やでした。クラシックコンサートでヌードになったらネットニュースのトップになちゃいますよね!」 とケタケタと笑い出した。 新庄は一緒になって大笑いしているが・・・俺は笑えなかった。 この性格、明るすぎる。大人の警戒心などまるでない。 こんな彼女の傍にいたら、俺はきっと心配で振り回されるに違いない、と思った。しかし、それも良いかな?とも思った。 すると突然、新庄が俺に向かって 「恭平も笑っちゃう話があるんだよな。なぁ恭平? お前学生の頃、明太子食べ過ぎて、翌日病院送りになったよな」 「え~えっ! お腹壊したんですか?」音羽は明太子の意味が、分かっていないようだった。 「あ~あ~。あれは俺だけじゃなく、スキーサークルの仲間とノリで明太子早食い競争なんて、ばかげた飲み会やっていて、つい調子に乗りすぎた。アキ、お前だってずいぶん食ってたじゃないか」 すかさず新庄は  「でも、俺は限界感じてすぐやめたけど、お前はいつも一番取らないと、気がすまないたちだから、意地でも食ってたよな!」 「でっ? お腹は大丈夫だったんですか?」と音羽が聞くと、 新庄は「腹じゃないよ。尻!」 と大声で笑い出した。 「尻って?」音羽はキョトンとした顔で、考え込んでいるようだった。 「アキ!もういい加減にしろ! それ以上言うな!」 そこへ、いい具合に助け舟が入った。 辰巳が  「おいおい! ここを何処だって思っているだ! 品の良さが売りのレストランだぞ」 と言ったが、新庄は更に調子に乗って 「優馬お前だって、辛い物は駄目だからって、次、人形町の人形焼大食い競争でリベンジしようとして、50個一気に食ってトイレ駆け込んだじゃないか」 すると、辰巳も負けてはいられないと、 「アキお前だって、そうとう馬鹿なことやってたっぞ! 栂池スキー場の馬の背急斜面で、女の子に良いとこ見せようと、直滑降で滑ってきて、木に激突して全治3ヶ月」 「あんな所、直滑降で滑る奴いないよなぁ~」 俺と辰巳はリベンジの大笑い。 音羽はこの3人は、いったい学生の頃、どんな生活を送っていたのだろうか? きっと、とても充実した学生時代を一緒に過ごしていたに違いないと、羨ましくもなっていた。 そして一言、何故か 「人形焼競争なら私も参加できたかもしれません」 と言った。 3人は顔を見合わせて、更に大声で笑った。 この店は当分、品の良い客は来ないかもしれない・・・ 音羽がそわそわし始めたので、 「帰るか」と言うと 「門限が9時なので、もう時間が・・・すみません。私はこれで失礼します。どうぞ、皆さんはごゆっくりしてください」 新庄は「大学生にしてはずいぶん早いね」 「私1回破って締め出されたことがあるんです。そのときは友人に泊めてもらいましたけど・・・」 苦笑いして立ち上がった。 「会計を」 と辰巳に向かって、こそっと言うと、音羽は 「私の分は自分で払います。おいくらですか?」 と言ってきた。 新庄が「おじさん二人いて、年下の女の子に払わすわけないじゃん!ここは財布閉まってね」 すかさず辰巳も 「まあまあ、ここは野獣2匹いるんだから・・・また次、恭平と二人で来てね」 と言うと、 音羽は「ありがとうございます。ここはありがたくご馳走になりますね・・・でも・・・次はないと思います」 「え~っ」 男3人は思わず、声をあげてしまった。 「お見合いの件は、西田さんからのお断りがないようでしたら、私の方からお断りしますから。西田さんと二人で来ることはありません」 きっぱり拒否された恭平は、ガッカリした顔で、何か言いたそうだが言葉にならない。 それを見かねた新庄は 「でもさぁ~、せっかく知り合いになったんだから、これで、さよならじゃなくて、ここから、友達としてってのも、ありなんじゃない? そうだ、次は音羽ちゃんの行ってみたい店に行こうよ! 何処に行ってみたい?」 さすが遊び人の新庄だ。 「う~ん・・・でも・・・」と言っていた音羽にたたみかけるように 新庄が  「ドイツ料理なんてどう?」と言うと、 「行きたいです!」と音羽は二つ返事で返してきた。 その時、俺はつい、 「ドイツ料理はソ−セ−ジとポテトとキャベツだけ」 と言おうとしたら、脚を思いっきり蹴られた。そして新庄に睨まれていた。 慌てて 「ビ−ルは上手い」 とごまかした。 横にいた辰巳も応援するかのように、 「ドイツ料理なら 銀座のローマイヤだな。音羽ちゃんいつならいいの?」 そこへ、すかさず新庄がスマホを出して 「QRコード出して」 と音羽をせかせ、俺にも早くと目くばせをした。 俺も慌ててスマホを出し、新庄と一緒にQRコードをゲットした。 これで一応、何とか次に繋がった。 俺は、タクシーで彼女の家の前まで送った。 そこは大きな数寄屋門のあるお屋敷だった。 門の前には母親らしき人がたたずんでいた。 タクシーを降りて、音羽を門の中に入れてその女性に頭を下げ、 「先日、お見合いさせていただきました、西田と申します。すみません。遅くまでお嬢さんを連れまわしまして」 するとは女性は「音羽の母です。わざわざお送りいただきまして、ありがとうございました」と深々とお辞儀をした。優しいか細い声であった。 そして 「あの~・・・」 と言いかけた時、音羽がそれを制止した。 「お母さん! やめて! 西田さんには関係ないのよ!」 音羽は 「ありがとうございました」と言って頭を下げた。 今日は遅いので、門の前で別れ、俺は今は、それ以上聞くことはできないと思い、タクシーに乗った。 でも、何か釈然としなかった。 音羽は、きっと箱入り娘として、大事に育てられたのだろう。 改めてきちんと結婚について向き合わないといけない思った。 実は音羽は見合い話の頃から、父親との確執で自立することを決めていた。 その為、ドレスおろかドイツへの渡航費用まで、自分で工面しなければならなくなっていた。 学生の音羽にとっては、それは大変な金額であった。 この後、まざまざとその現実を知ることになろうとは、彼女は思ってもいなかった。
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