夜の銀座

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夜の銀座

ローマイヤを出て、これから彼女の所へ行くという新庄と別れた。 音羽に、二人で話がしたいからと、門限があるが、無理を言って時間をとってもらった。 「楽器ケース持とうか?」 「ありがとうございます。でも、これは私の大切な物ですから自分で持ちます」 「可愛い女性に、大きな荷物持たせて、平気な顔して歩けないなぁ~」 と言っても、がんとして楽器ケースを離さなかった。 いつになったら音羽の大切な物を 、持たせてもらえるのか? 結構、彼女、頑固だなと思いながら、夜の銀座を微妙な距離感で歩いていた。 そこへ、通りすがりの若い男が 「エキゾチックだなぁ!」と、音羽の顔を覗き込みながら通り去っていった。 俺はとっさに、音羽の二の腕を掴んで引き寄せた。 音羽は、童顔だが目鼻立ちのはっきりとした日本人離れした美しい顔だ。 危ない!! ここは銀座、渋谷や新宿とは違って、この時間、女一人で歩いていても別に危険なわけではないが、やっぱり心配だ。 小さな女性を、大男が腕を引いて歩いていては、犯罪者に見られそうなので、ここは思い切って、俺の手を彼女の腕から手首にスルッとおろした。 柔らかい手をギュッと握りしめたが、音羽は嫌がる様子でもないので、そのまま、夜の銀座をゆっくり歩いた。 恋人同士のように手を繋ぎながら、夜景の見えるバーラウンジがあるホテルの、日比谷方面へ向かう。 何故か、いつもよりネオンの煌めきがキラキラ輝いて見えた。 ホテルのロビーで、今日は門限までには帰れそうにないので、母親に電話するように言い、俺も挨拶するからと、電話に出た。 「今日は、これから少し、まだ音羽さんと話がしたいので、時間を頂けますでしょうか? 責任もってお送りいたしますので、ご了承いただけませんか?」 「はい西田さんなら、主人も大丈夫だと思いますので、承知いたしました」 一応どうあれ見合い相手と言うことなのか、両親には信頼されているようだ。 バーラウンジのある階でエレベーターを降りると、一面大きな窓から夜景が光の帯のごとく広がっていた。 音羽は、それだけでも感動したのか 「わぁ~♪ こんな夜景見るの初めてです。私・・・ほとんど夜って街に出ないので・・・綺麗ですね」 夜の銀座も、都会の夜景も、ましてや、ホテルのバーラウンジなんていうのも、学生の音羽にとっては、初めての経験だったのだろう。 俺にとっては、これはいつものことなのだが、音羽は、大人の妖しい雰囲気に酔いしれているようだった。 私(音羽)は、この時、久しぶりにお腹いっぱいの食事と、目の前の光の煌めきに、お腹と心が満たされて、幸せを感じていた。 父との確執で、ドイツの学資だけは留学生免除であるが、それ以外のドイツの渡航費用と当面の生活費用は自分で工面しなくてはならなくなった。 これからは、卒業試験に最後のコンサートと、まだまだしなくてはいけないことが山積みだが、そんなことは言っていられず、とりあえず、マックでアルバイトを始めた。 午前中は学校、午後はアルバイト。夕食を食べるなら、6時迄には帰らなければならず、当然、その門限には間に合わず、夕飯は家では食べられなかった。むしろ・・・意地でも父の前では食べなかった。 そんな事情で、まともに食事も摂っていなかった。
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