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貴方を信じます
銀座を少しだけ散歩気分で、冷気にあたりながら歩いたせいか、すっかり酔いが醒めた。
夜景の見える窓から、顔をくっ付けて離れない音羽に、
「こっちからも見えるから、座ろう」と席に着かせた。
食事のときから、気になっていたことがあって、
「君、少し瘦せたんじゃないかのか? 忙しいのか?」
音羽は
「え~えっ、今、卒業試験やら何やら、することがたくさんあって忙しいんです。でも、大丈夫です。私、健康だけが取り柄ですから・・・えへっ」
と、無理に笑った。家の事情なんて言えない・・・
話題を変えようと
「私、夜の銀座なんて初めてです。伯母に、有名ブランドのお洋服の買い物ついでに、お昼のバイキングに連れて行ってもらったことは、何度かありますけど・・・」
「でも、夜、学校の仲間と、飲み会には行っているんだよね?」
「はい、半年に一回ですけど、渋谷が多いです。学生ですから、駅近くの安い居酒屋さんが殆どで、歩くのは駅と居酒屋さんの間くらいです」
「駅の近くなら、夜でも暗くないから大丈夫だな」
「はい、でも駅までは必ず、純が送ってくれます」
「純って? 橋本君?・・・君とは友達だけの関係なんだよな?」
「ええ・・・友達です。学校のオーケストラの仲間です。
でも、 うふっ! 一回、付き合おうって、言ってきたことがあるけど、お酒飲みながらだったから、冗談でしょ? って言ったら、冗談だよって! 彼氏なんて考えられなかったから・・・前も今も友達ですよ」
音羽にとっては冗談でも、彼にとってはどうだったんだろう?
フッと考えてしまった。
俺は酒の席と聞いて、思わず、グラスを置いた。
「これからの話は、真面目な話だから・・・ちゃんと聞いてくれる?」
「えっ? え~え! はい!」
目を見開いて、真っすぐに俺のほうを向いた。
「君と俺は、縁あって見合いをしたが、もしも、もしもだよ、ヴィオラ留学のことがなかったとしたら、真剣に結婚を前提として、これから付き合うことを考えてくれたかな? いやっ、俺が先に言わないといけないなぁ。俺は、付き合いたい。もちろん結婚前提だ」
音羽は、びっくりした顔をしながらも、真剣な表情で
「なかったとしたら・・・・西田さんはとても素敵な大人です。私には勿体ないくらいな男性だと思ってます。もっと・・・知りたいと思っています。だから・・・お付き合いしたいと思うと思います」
「分かった。ありがとう」
「でも・・・でも、現実には無理です。今、私はヴィオラ第一ですから」
「充分、分かってる。だが、夢と結婚が両方叶えられれば、それで解決できることだよな?」
「え~え・・・でも・・・」
「今の世の中、遠距離恋愛とか、転勤なんかは、もう普通だろ? 国内なら、沖縄以外だったら2時間もあれば、帰ってこられる。」
「国内ならですけど、私は海外です」
「ドイツだって、飛行機なら12時間で行ける。3日あれば行って帰ってこれるさ。実際、俺は海外出張を3日でやってる」
「でも、それが短期間なら我慢できるかもしれませんが、何年も、いや帰ってこないかも・・・」
「そうだな、家族だったら何年経っても、会えば元の関係になれるが、恋人となるとどうだろうなぁ? お互いを信じるってことしかないだろうな。物理的には可能だが、心情的にもつかってことかもな」
暫く窓から見える、瞬く星空を眺めているだけの時間が続いた。
何かを言わなければ・・・と考えていた時、突然音羽が、
「私は・・・西田さんを信じます」
俺も音羽を目つめて
「音羽・・・俺も信じる。今はこれしか言えないが、もっといい方法があるんだ。会社がらみなんで、もう少し言えるまで、こっちも信じて待ってってほしい」
「はい!信じて待ちます!」
音羽は少し明るい気持ちになった。
西田さんとなら、家族として一緒に生きていける。
西田さんは何か考えてくれている。
待とう! そう思った。
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