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昨日は一緒に帰ったんだ。学校から普通に。部活は天候のため全て中止になって、外に小さくちぎった綿のような雪が降りだしたばかりの時間に……。
外は身震いするほど寒くて、学校から地下鉄の最寄り駅に向かう途中、冷え性の俺は紗綾の隣で自分の手を何度もこすり合わせ、そこから発生する心もとない温かさにすがっていた。そしたら紗綾は身につけていたワイン色の手袋を片方だけ取って、すっと俺に差しだした。
「ほら、穂高。片方だけでもあったかいよ」
晴れやかな笑顔でいる紗綾とは対照的に、俺は片方だけなんて意味ないと思って
「紗綾の片手が無駄に冷えるだけだろ」
と戸惑いの気持ちを持ちながら断った。でも紗綾は、さらさらの長い髪を少し揺らして首を振り、先程よりも長く腕を伸ばして俺の話を全然聞いてくれないから、仕方なくその片方の手袋を受けとって手にはめた。
手袋は思っていた数倍の暖かさをもっていた。
紗綾と帰り道が別れる地下鉄の最寄り駅までの約10分間の道のり。紗綾は左手に、俺は右手に手袋をつける。
紗綾に貸してもらった手袋は、手袋本来の暖かさよりも、紗綾に気遣ってもらえたというぬくもりの温かさのほうが大きい。恥ずかしくて直接は言えなかったけど、片方の手袋を貸してくれたこと、俺はすごく、それは涙が出そうなほどに嬉しかったんだ。
ーーなのに、転校生にとられるとはどういうことなんだ。
窓側の1番の後ろ席に座った俺は、じっと目の前を見つめる。
紗綾は柏木と楽しげに話をしていて、俺の気持ちに気づいた様子は微塵もなかった。だから普通に柏木の隣で紗綾が
「おはよう」
といつも通り俺に声をかけたとき、俺は分かりやすく目を伏せ、見えないシャッターを即座に下ろして、紗綾を無視した。
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