雪の日曜日

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 しんとした気配で目が覚めた。出窓のカーテンを開けると、窓の外は雪が降っていた。 (やっぱりね。)  雪の朝は、世界がしんと静かだから、カーテンを開ける前から降っているのがわかる。しばし、日曜の朝の幸せな気分に浸る。  裸足のままスリッパをつっかけて居間に行くと、妹のあかりがもう起きていた。 「ゆき姉、おはよう。いまバナナのパウンドケーキ焼いてた。」  石油ストーブと甘いパウンドケーキの匂いが、温かい空気といっしょに私の体を包み込む。大学二年のあかりは、年が六つ離れたわたしの妹で、ジーンズとセーターの上に赤いチェックのエプロンをつけてやかんにお湯まで沸かしてくれている。ソファの前のテレビがついていて、気象予報士が大雪のことを喋っている。警報がたくさん出ていて、電車の運休情報が、画面の上の方に白い文字で次々と表示されていく。全国的に大変な雪が降っているらしい。週末の天気予報をぜんぜん見ていなかった。 「パパとママ、帰ってこれるかね。」  あかりがキッチンからテレビを眺めて腕組みをする。 「うーん、マイクロバスだからねえ。渋滞にはまっちゃって遅くなるかもねえ。」  私はオーブンレンジの中のケーキを覗きながら答えた。わが屋は小さな商店街の乾物屋で、両親は昨日の朝から、商店会の温泉旅行に行ってしまっていた。毎年、私の誕生日と商店会の旅行が重なってしまう。今年もそうだった。昨日はあかりが、近所のコンビニでいちごショートを買ってきてくれて、それで二人でお祝いをした。姉妹だけでつつましく祝う誕生日も、私は好きだった。その上、今日は今日でパウンドケーキが食べられるなんて幸せすぎる。 「ゆき姉、今日は大きい雪だるまつくろう!」  あかりは、目を輝かせて子供のようなことを言う。肩までの黒髪を黒いゴムでポニーテールにして、いつもジーンズをはいている地味な子だ。同い年の子たちといるあかりは、いつも周りとどこかずれていて、浮いていて、びくびくしている。そのぶん、家ではのびのびして、私を年上の親友のようになんでも話してくれる。  ストーブの前で着替えをしながら、わたしは絶叫して反対した。 「えーっ、そんなの寒いよっ!」  でも、あかりは諦めない。 「いいからいいから。ケーキ食べた分、体動かさなきゃ、太っちゃうよ!」  たしかにそうだ。私は、来月に控えた恋人の俊哉との結婚式のことを思った。大学の頃から付き合っていた同い年の俊哉とは、就職してからはずっと遠距離恋愛で、半年前に婚約した。いまの職場も今年度で退職して、四月からは私はここから車で五時間もかかる俊哉の地元に、俊哉と二人で住み始めることになっていた。ウェディングドレス姿をきれいに見せるためにも、ここで太るわけにはいかないし、それに、あかりとこうして休日をいっしょに過ごせるのも、あと少しなのだ。せっかくの大雪だ。子どものように羽目をはずして、思いっきり大きな雪だるまを作るのも、悪くない。  私がティーポットで紅茶を淹れ、あかりは焼き立てのパウンドケーキを切り分けてテーブルに並べてくれた。窓の外には雪が斜めに降っている。庭もその先の道路も真っ白に埋め尽くしがら、もっともっと降り積もってゆくだろう。 「こんな雪じゃ、どこにも出かけられないねえ」  あかりがなんだか楽しそうにつぶやいた。雪の中に閉じ込められた感覚がうれしいのだろう。それは私も同じだった。永遠に味わっていたいような、幸せな時間だ。  私たちは、テーブルの上のスノードームを眺めながら、紅茶とケーキの朝食を楽しんだ。スノードームは、昨日、あかりが誕生日のプレゼントにくれたものだ。近所の神社で巫女さんのアルバイトをして貯めたお金で買ってくれたのだ。ガラス工房の手作り品で、青い屋根に煙突のあるレンガの家が、ガラスの球体の中に閉じ込められている。球体をそっと揺らすと、白と銀と虹色の吹雪が一面に舞って、宝石のオパールのようにきれいだ。 「きれいだなあ。あかり、ありがとね。私、これ、すごい気に入った。」  私はスノードームを揺らしながら、隣に座るあかりに改めてお礼を言った。 「うん。……私たち、今、このレンガの家の中に居るみたいだねえ。雪の中に、閉じ込められてさ。」  そう答えたあかりの顔を見て、私はどきりとした。私の手の中のスノードームを見つめるあかりの表情が、のんきな声色とは不釣り合いなほどに、真剣で無表情なものに見えたからだ。 「ん?ゆき姉、なに?」  私の視線に気づいたあかりが、不思議そうに私の目を覗き込む。ううん、なんでもない、と、私は首を横に振りながら早口で言って、パウンドケーキを口に放り込んだ。ふしぎ系のあかりはよく、じっと何もない一点を見つめていたり、目線をきょろきょろ動かしていたりするから、きっと、それだろう。  まだざわめく胸を落ち着かせながらあかりの方を盗み見ると、こんどはいつもののほほんとした表情で、紅茶をすすっていた。やはり、いつものあかりだ。私は自分の感じた違和感を打ち消すように、パウンドケーキをどんどん口に放りこんだ。  朝食が終わると、私たちは庭に出て、ほんとうに雪だるまを作り始めた。二人で分厚いコートを着込み、ニットキャップをかぶり、手袋もはめて、吹雪の中で大笑いしながら雪玉を転がす。冷たい雪が靴の中や手袋の中までしみてきて、手も足もじんじんと痛かったが、あかりも私も夢中で作った。こんなに心躍る感覚は何年ぶりだろう。息を吸うと冷たい空気が雪と一緒に体の中にも入り込んでくる。できあがった雪だるまは上出来だった。二段重ねで、背の高いあかりの胸元まである。  石ころと木の枝で顔を作っている時、ふいに、あかりがぽんっと手を叩いて、なにかを言おうとして口を開けた。私はどきりとした。わかったのだ。あかりが次の瞬間、何と言うのかを。 「ねえ、冷蔵庫に人参あったよね、鼻にしようよ!」  ねえれいぞうこににんじんあったねはなにしようよ。何十回もこの場面で聞いたセリフだと思った。いや、そんなわけはないのだが。 私が戸惑っていることにあかりはまったく気がついていない様子で、言葉を継いだ。 「私、とってくるね。ゆき姉、待ってて!」    そのセリフにも、コートの雪をはらいながら玄関に走っていく後ろ姿にも、やはり既視感があった。繰り返し、繰り返し、私はこの場面を体験している?まさか。あまりに珍しい大雪に、脳が興奮しているのだろう。夢の中でも、たまにあるではないか。初めて見る夢なのに、何度も何度も同じ夢を見ているような感覚に陥ることが。きっと、それと同じことが、目覚めている今も起きているのだ。それとも、今このときが夢の中なのだろうか?私は混乱して、手袋をはめた手で自分の頬をつねってみた。確かに痛い。これはやはり、現実らしい。  そう思っているうちに、玄関の戸が勢いよく開いて、あかりが戻ってきた。右手に人参を高らかに掲げて、嬉しそうに張り切っている。 「あったよー!」    そのポーズにもセリフにもやはり見覚えがあったのだが、きっと気のせいだろうと、私は思うことにした。まだ私が小学生のころに、こんなふうに大雪が降ったことがあった。そのときあかりは幼稚園児で、やはり二人でこんなふうに、庭に出て思いっきり遊んだ記憶がある。きっと、そのことと今のことが頭の中でごちゃまぜになって、不思議な既視感が生まれているのだろう。  顔の真ん中に人参をさして鼻にすると、雪だるまはぐっと本格的になった。私たちはおどけたポーズをしてスマホで撮り合っては、また吹雪の中で大笑いした。結婚して家を出たら、もう二人でこんなふうに過ごす時間も無くなるのかと思うと切なくなったりした。帰省を頻繁にすれば良いんだ、などと自分を慰めながら、妹と二人で過ごす吹雪の日曜日を目いっぱい楽しむことに集中した。  お昼は二人ともカップやきそばを食べることにした。テレビをつけると、ちょうど女子フィギュアスケートのショートプログラムを中継していた。相変わらず、画面の上のほうには大雪警報や通行止めの情報が白い文字で流れ続けている。雪はまだまだ止まず、降り積もっていきそうだ。 「あ、この曲……。」  あかりがふと、画面を見てつぶやいた。選手が演技に使っている切ないメロディのピアノ曲は、古い映画の主題曲だ。私は焼きそばを食べる手を止め、あかりの方をみてうんうん、とうなずいてみせた。昔、あかりとふたりで、ピアノの発表会で連弾した曲なのだ。たしか受験の年だったから、私は中三、あかりは小四のときだったはずだ。 「久しぶりに、合わせてみようか。」  私は提案してみた。この雪の日にぴったりの曲なのだ。その発表会を最後に私はピアノをやめてしまって、もう十年以上、ほとんど鍵盤に触っていない。でも、あかりは最近でも、好きな曲の楽譜を買ってきてはたまに弾いたりしているから、あかりが引っ張ってくれるだろう。 「いいね!」  あかりは満面の笑みでうなずいてくれた。    電子ピアノを置いてある部屋に二人で移動し、小さな本棚から楽譜を探す。 「これだ、これだ。」  私は本棚の隅から一冊の薄い楽譜を取り上げた。薄く積もった埃を払ってページを広げると、そこには懐かしい先生の文字があちこちに書き込まれた譜面があった。 「うわー、覚えてるかな。」  発表会のときと同じ、私は鍵盤に向かって左側の伴奏パートを担当し、あかりは右側に座ってメロディを奏でる。しばらくばらばらに練習をしていると、私はまた既視感に襲われた。譜面を、覚えている。昨日もその前の日も、ずっとこの楽譜を練習していたように、はっきりと覚えている。十年以上も鍵盤に触っていないはずの指が、滑らかに動く。ペダルを踏むタイミングで足が勝手に動いて的確にペダルを踏む。音の跳ねや強弱がぴたりと決まる。楽譜を見なくても、次の音が分かる―私はこの曲を、暗譜している。そう気が付いたとき、心臓がどきりと波打った。二人で練習するこの場面も、繰り返されている?まさか。最後の発表会だからと、この曲はだいぶ練習したのだ。何度も手本として原曲のCDを聞き、授業中も机の下でこっそり指を動かすほど、のめり込んで練習していた。だから、十年以上経っても手が覚えているのだろう。きっとそうだ。  そう思って、開いた部屋の戸の隙間からリビングのほうを見ると、テーブルの真ん中に置かれたスノードームがきらきらと光っている。ガラスの球体の中に、白と銀と虹色の吹雪がくるくると吹き荒れている。あかりが揺らしたのだろうか?もう二十分以上も、あかりは私といっしょにこの部屋にいるはずだ。どうしてスノードームは、今揺らしたばかりのように、あんなに勢いよく吹雪が舞っているのだろう―私たち、今、このレンガの家の中に居るみたいだねえ。雪の中に、閉じ込められてさ。朝、あかりの言っていた言葉と、妙に真剣なあかりのまなざしが、脳裏によみがえる。  まさか、まさか。そんなことが。                ***  連弾は、凝り性のあかりが満足するまで何度も弾いて、結局あれから三十分も弾いていた。夕方、スマホが鳴って両親から連絡が来た。 「あかり、パパとママ、帰るの諦めてみんなでビジネスホテルに泊まるって。豚肉があるから、カレーでも作って二人で食べようか。」  何気なく言ってから、私ははっとした。違うのだ。いま、あかりが食べたいのは、カレーではなくて豚汁だった。ケーキでおなかが重いからあっさりした方がいいと、あかりは思っているのだ。私はなぜか、そのことを知っていた。違った、豚汁だね、と言おうとした瞬間、あかりのほうが先に口を開いた。 「うーん、ケーキ食べ過ぎておなかが重いから、カレーより豚汁がいいなあ。」  やっぱり、繰り返している。  私は背筋がひやりとした。あかりのくれたスノードームは居間のテーブルの上で、吊りランプの光を受けてきらきらと光っている。球体の中の白と銀と虹色の雪が、レンガの家の青い屋根に、そのまわりの地面に、ちらちらと降り積もっていく。まただ。あかりはずっとゲームをしているし、私も触れていないのに。私は確信した。この家は今、魔法のようなものにかけられている。   あかりは昔から不思議な力のある子どもなのだ。まだあかりが幼稚園に入る前、火が怖い、火が怖いと言って、夜中に何度も目を覚まして、隣で寝ている私の布団に入ってくることがあった。私は夜中に起こされて辛かったが、あかりを抱いて背中をさすってあげていた。怖い夢を見てうなされているんだなと思ったから、とくに「火が怖い」の意味は深く考えないで、別の部屋に布団のある父や母にも言っていなかった。でも、そんな夜が何日か続いたある日、家の裏の電気屋さんが夜中に火事になり、消防車が何台も来て大騒ぎになったことがあった。あかりは怖い、怖いと言ってずっと母に抱っこされて大泣きしていた。幸い電気屋さんのご夫婦は自宅である二階の窓から逃げて無事だったけれど、私はそのとき、あかりの言っていた「火が怖い」の意味がようやくわかって、恐ろしくてあかりがそう言ってうなされていたことを両親にも言えなかった。  それから、もう一つある。あれは私が小六で、あかりが小一の時だったと思う。夏休みの夕暮れどき、ふたりで、母にお使いを頼まれて近所の八百屋まで歩いていたときのことだ。私たちはふざけ合い、車道をはさんで右と左の歩道に別れながら、早足で競争をして八百屋に向かっていた。そして、丁字路に立つ家の庭から、青いボールが道路のほうに転がってきて、私はそれを拾おうととっさに車道に飛び出してしまったのだ。そのとき、曲がり角からものすごい勢いでトラックが曲がってきた。私はトラックのナンバーが目の前に見えて、轢かれると思った。あまりに驚いたから声も出なくて、ただ、反対側の歩道で目を見開いているあかりと目が合った。その瞬間、ごぼりと水をかくような音がして、一瞬だけ視界がぐにゃりと歪んだ。視界が元に戻って目の前を見ると、転がっていく青いボールと大きなトラックとが、道路の真ん中でぴたりと静止していた。世界から音が消え去り、あかりの声だけがしんとした世界に響き渡った―ゆき姉、逃げて!その声で私の身体は弾かれたように動きを取りもどし、道路の向こう側に転がって逃げた。するとまた視界がぐにゃりと歪み、ひぐらしの鳴き声が戻ってきた。振り向くと、トラックは何事もなかったように、丁字路を曲がり切ってあかりの目の前を通り過ぎていった。ボールの出てきた家から小さな男の子とお母さんが顔を出して、「ごめんね、ボール飛び出しちゃったみたい。」と、庭の奥から小走りでやってくるところだった。あかりは呆然としていて、そのあと何を話しかけても上の空だった。結局、お使いで何を買ったのか、きちんと買えたのか、そのあと家に帰って母とどんな話をしたのか、何も覚えていない。あかりとも、それっきりそのときのことを話したことはない。  おそらく、あかりは自分ではそれらのことを覚えていないのではないだろうかと思う。そのことを確かめたら、世界が崩れてしまうようで恐ろしかった。たまに思い出しては、あかりに直接聞くのをためらい続けていた、不思議な思い出。そしてまた、今。あかりは自分でも気がつかずに、スノードームに時空を操る魔法をかけてしまっているのだ。雪が降り積もってどこにも行けない、姉妹ふたりだけの時間の繰り返し。  そういえば、俊哉との結婚が決まったことをあかりに伝えたとき、あかりは真っ先に聞いてきたのだ。「ふーん。で、そしたらどこに住むの?」と。さりげないふうを装って、精いっぱい、なんともない質問を装って聞いてくるあかりが、おかしくて、いじらしかった。ここから遠い、俊哉の地元に住む、と答えたときは私も、寂しさでいっぱいだったっけ。  あかりと豚汁を作って食べるあいだも、私はあかりとの時間を楽しみながら、あかりのかけたスノードームの魔法を解く方法をじっと考えていた。夕食のあとは、夜のドラマを一緒に見て、順番にお風呂に入る。おそらく、今夜二人が眠っている間に、この家に流れる時間と、私とあかりの記憶とがリセットされて、「父と母が商店会の旅行に行ってしまった大雪の日曜日」が繰り返されるのだろう。私はあかりがお風呂に入っているあいだに、手のひらに油性マジックで小さく文字を書いた―「大雪の日曜日は繰り返す」。そして私は、あかりのあとにお風呂に入った。私とあかりは、隣り合ったベッドの中で、修学旅行の夜のようにいつまでもとりとめのないお喋りをして、そのうち、どちらからともなく、深い眠りについた。                 ***  しんとした気配で目が覚めた。出窓のカーテンを開けると、窓の外は雪が降っていた。日曜の朝だ。裸足のままスリッパをつっかけて居間に行くと、あかりはもう起きている。 「ゆき姉、おはよう。いまバナナのパウンドケーキ焼いてた。」  石油ストーブと甘いパウンドケーキの匂いが、温かい空気といっしょに私の体を包み込む。ソファの前のテレビがついていて、気象予報士が大雪のことを喋っている。テーブルの上のスノードームが、白と銀と虹色の粉をちらちらと舞わせながら静かに光っている。私はそっと自分の手のひらを広げて、そこに書かれている文字を確かめた―「大雪の日曜日は繰り返す」。やっぱり、そうだ。でも、もう大丈夫。  「パパとママ、帰ってこれるかね。」 「うーん、マイクロバスだからねえ。渋滞にはまっちゃって遅くなるかもねえ。」  私はオーブンレンジの中のケーキを覗きながら答えた。このやりとりは、もう何度目だろう。でも、もう、繰り返さない。私は、ずっとずっとあかりに伝えたかったことを、初めて口にすることを、言った。 「あかり、結婚したら私、この家からいなくなるけど、お正月とお盆はぜったい帰ってくるからね。」  あかりは驚いたように、私の方を振り向いておろおろしている。 「え、なに、どうしたの?急に。」  私はなおもたたみかけた。照れくさくて、今まできちんと言えていなかった言葉を。 「あのね、俊哉の地元に行っちゃったら、姉ちゃん、ぜんぜんあかりと会えなくなるじゃん、それ、寂しいからさ。」 「なに急に、辛気臭いじゃん。」  あかりは目玉をきょろきょろさせて、うろたえているようだ。私はその仕草がおかしくて少し笑う。 「いいからいいから。そんで、約束だけど、毎日、メールしよ。テレビ電話もしよ。夜に。ね。」  私が小指を指切りにして差し出すと、あかりは戸惑いながらも、うなずいて、自分の小指を差し出してくれた。 「うん、そだね。約束。」  笑いながら指切りをした瞬間、私の視界は白と銀と虹色の吹雪で埋め尽くされて、さらさらというガラスの触れ合うような美しい音が耳元を流れて行った。私には、あかりがこの家にかけた魔法がその瞬間に解けたのが分かった。                ***  朝食の後、私たちは吹雪の中で大笑いしながら雪だるまを作った。お昼には焼きそばを食べながらテレビでフィギュアスケートを見た。古い映画のピアノ曲に合わせて踊る選手。画面の上にはつぎつぎと、大雪警報解除の文字が流れていく。じきに、雪は止むのだろう。もう、魔法は解けたのだ。きっと夜には、お土産を持った両親が帰ってくるのに違いない。四人で豚汁を食べるのだ。  スノードームはテーブルの上で静かにたたずんでいる―閉じ込めなくても、大丈夫だよ。ずっと、仲良しのままでいようね、あかり。私は心の中でそっとつぶやいた。
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