俺様

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とにかく、俺様がムサシに惚れていたのは 間違いのない事実で、だから ヤツが突然、死んじまってから一年経った今も、 胸にぽっかり穴が空いたままなんだろう。 ムサシとの、濃密でいて自由な 到底、代替えの効かない関係性を思い巡らすと、 ある場所に、俺様の心は帰って行く。 その理由を確かめる為に、俺様は今、そこへ 向かっているのだ。 (くだん)の町工場はもう、じゃらんじゃらんと音を 立ててはいない、春の午後、 しんと静まり返っている。 隣に建つお屋敷の庭を覗いてみれば、 俺様は見事、気配を消すことに成功したようで、 あの威風堂々の老嬢犬「ココちゃん」が、 大袈裟に騒ぎ立てる気配もない。 微かな獣臭だけが、この庭には残っているので、 もしかしたら、あの大きなお嬢さんも 今はもう、此処に居ないのかもしれないと、 ふと思った。 ムサシと俺との恋を結びつけた、運命のブロック塀 を辿りながら、向かうのは 工場と屋敷との間に設けられた、トタン屋根の 資材置き場。 いつからか、人様は滅多に訪れなくなったその 内外で、俺様とムサシは、 心置きなく戯れ(じゃれ)合ったものだった。 そんな思い出と懐かしさに、どっぷり 浸ろうとしていたのに、資材置き場の大鋸屑(おがくず)やら、段ボールの重なり合った、御目当ての片隅には今、どうやら先客らしい猫がいるようだ。 お得意の、抜き足差し足でそっと近づいてみるが、 どうやら、ソイツは限りなく眠りこけており、 微動だにしない。
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