5人が本棚に入れています
本棚に追加
とにかく、俺様がムサシに惚れていたのは
間違いのない事実で、だから
ヤツが突然、死んじまってから一年経った今も、
胸にぽっかり穴が空いたままなんだろう。
ムサシとの、濃密でいて自由な
到底、代替えの効かない関係性を思い巡らすと、
ある場所に、俺様の心は帰って行く。
その理由を確かめる為に、俺様は今、そこへ
向かっているのだ。
件の町工場はもう、じゃらんじゃらんと音を
立ててはいない、春の午後、
しんと静まり返っている。
隣に建つお屋敷の庭を覗いてみれば、
俺様は見事、気配を消すことに成功したようで、
あの威風堂々の老嬢犬「ココちゃん」が、
大袈裟に騒ぎ立てる気配もない。
微かな獣臭だけが、この庭には残っているので、
もしかしたら、あの大きなお嬢さんも
今はもう、此処に居ないのかもしれないと、
ふと思った。
ムサシと俺との恋を結びつけた、運命のブロック塀
を辿りながら、向かうのは
工場と屋敷との間に設けられた、トタン屋根の
資材置き場。
いつからか、人様は滅多に訪れなくなったその
内外で、俺様とムサシは、
心置きなく戯れ合ったものだった。
そんな思い出と懐かしさに、どっぷり
浸ろうとしていたのに、資材置き場の大鋸屑やら、段ボールの重なり合った、御目当ての片隅には今、どうやら先客らしい猫がいるようだ。
お得意の、抜き足差し足でそっと近づいてみるが、
どうやら、ソイツは限りなく眠りこけており、
微動だにしない。
最初のコメントを投稿しよう!