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「まあ最近、見かけないと思ったらこんな所で、、」
と言い、猫の亡骸を見て婦人は目頭を
押さえた。
「実は私、最近、愛犬を失ったばかりで、、、」
と、婦人は誰にも訊かれてもいないのだが、
語り出したのだ。
「この猫には、ウチのココちゃん酷いことされた
んですよ、でもその後、散々、笑い話として
皆んなに聴かせたものだわ、それにしても、、
こんな所で人知れず死んでたなんて、、
過酷な生涯だったんでしょうね。
なんかもう、一つの時代が終わったみたい、
ここの工場も、父も母もココちゃんも、この
小太郎も、居なくなったんですよね、、
ちゃんと受け止めなきゃ私も。
ええ、小太郎の弔いは、私が何とかしますわ、
これで綺麗さっぱり、私も次の人生をどう生きるか
考えなくては、、!
では予定通り、明日から解体工事を始めて下さい」
小太郎と呼ばれた遺体は、手近な段ボール箱に
新聞紙を敷いて入れられた。
婦人は、そこへ庭で咲かせていた小菊の花を
添えて、線香に火をつけた。
そこに居合わせた人間達は、自然と手を合わせて
拝む。
「小太郎」、有り難いことに、それが俺様に、
婦人がつけてくれた名前らしい。
悪いが、せめて「小次郎」にしてくれないか?
人にも猫にも、イメージってものがあるだろう?
「『小太郎』じゃ、なんだか柴犬を
思い出しちまうよ!
「それに、アイツはムサシだったんだからさ、
ムサシといえば、小次郎じゃねぇー?」
などと、自分勝手な理由で散々、
毒付いている間に、線香の煙と匂いは、
俺様のいる高い場所まで漂って来て、
すると、
この「俺様」は、なんということか、
みるみる透明になっていくのだ。
了
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