本読み?

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本読み?

────────── 「あ、わざわざすみません。」 「コーヒーで、大丈夫だった?」 「はい!大丈夫です。すみません」 佐久間さんの車に乗せていただいて、どこに向かっているのだろうとそわそわ窓の外を眺めること30分、着いたのは都内の高級マンションだった。 1ファンとして、まさか佐久間さんの家に来られるとは思っていなかった。 というか今日に限って古い靴下だし、まとめ買いしたちょっと微妙な色…ついてない。 「で、どこのシーンが心配?」 佐久間さんは、俺の前にコーヒーとスティックの砂糖を置き、ソファに腰掛けた。 「あの、後半はどのシーンも心配なんですけど、特に…その……」 「ラブシーン?」 「あ……はい」 言葉を濁らせたがすぐに掬い取られてしまった。 「そういう話、苦手?原くんはスポーツ系とか、少年漫画系の出演が多いよね」 「はい、苦手です。昔から恋愛系の話がなんか上手く乗れないというか。あんまり得意じゃなくて……オーディションを受けたりはしているんですけど。出演を避けてるとかじゃなくて普通に落ちてるんです。」 「この作品は監督から直接オファーでしょ?」 「はい。正直、どうして俺に声がかかったのかよくわかんないです。でも、ドラマ初主演で佐藤監督の作品に出れるなんて光栄なことないし、今後も恋愛ものを避けては通れないし、ステップアップするために挑戦しました。」 「真面目だね、原くんは。俺は監督の気持ち、わかる気がするよ」 「そうですかね……」 「そろそろ読み合わせしよっか。4話のシーンはどう?」 「4話、1番心配なところです。お願いします。」 4話、涼太は離れていた間の自分の想いを伝えるが遥に信じて貰えず更に距離を取られてしまう。今さら遅かったんだと、涼太は遥のことを諦めようと決める。 しかし、遥は美しい容姿を生かし不特定多数の男性と心のない肉体関係を繰り返していることを知ってしまい、そんな関係を続けるなら俺にしろと迫る。ドラマの前半の1番の見せ場だ。 「どうする?1回読んでみる?」 「はい、お願いします。」 『放っておいてくれよ、僕が誰と何してようが涼太にはもう関係ないだろ』 急にセリフに切り替わったので驚いて佐久間さんに目をやると、もうそこに居たのは遥だった。天才だなんて知っていたはずなのに表情も醸し出す雰囲気も、もう佐久間さんとは違う。 不器用で精一杯自分を守るために神経質を張っている遥の空気。どこに役へ切り替えるスイッチがあったんだろう。 「読まないの?」 「あっ、すみません。見とれちゃって」 「ははっはは……原くんは変だね。芸術品って言ってみたり、見とれてみたり」 笑った。顔合わせのとき以来だ。 「佐久間さん、そういう顔するんですね」 「ん?どういう顔?」 「楽しそうに笑う顔です。現場にいる佐久間さんは笑ってますけど、楽しいのかつまらないのか疲れてるのか感情を表に出さない感じで……あっ、それもプロって感じでミステリアスで好きなんですけど、なんかそういう笑顔ってレアで、俺嬉しいです。」 「芸術品じゃなくていいの。」 「あれは!忘れてください。確かに人間離れしたかっこよさで芸術品って言いましたけど、そういう自然な感じも好きです。」 佐久間さんは「そう?」と照れ笑いを隠しながらコーヒーを啜った。憧れの人の意外な面を見れるのは嬉しいな。 もしかして俺、佐久間さんと結構仲良くなれてるのではないだろうか。 「原くん、せっかくだし、配役逆にして読み合わせしてみない?」 「どういうことっすか」 「原くんが遥、俺が涼太として読み合わせしてみるってこと。相手役の理解を深めたり、タイミング合わせたりするために、たまにやったりするんだよ。」 「そうなんすか!やってみたいです。涼太役の佐久間さんってなんか贅沢ですね」 「せっかくだしちょっと動きもつけてやってみようか、今度はちゃんと読んでね」 「もちろんです。」 佐久間さんはマグカップを机に置くと、どうぞと言うように、セリフをなぞる。
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