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 五月の山は通り雨が多い。  数日のうちにいくつも天の石が降り、祭壇の皿には淡い光をはなつ小さな山ができつつあった。  美李は、つつましく膝を折ってそれを眺めていた。  今日は月例の里祈祷の日で、多くの巫女が大官とともに神殿をおりている。いつにも増してしんとする本堂に、サァッと水の走る音が響いた。  きっと、また恋が降る。  彼女は回廊に寄り、灰色に明るむ空を見あげる。  すると、川のせせらぎにまぎれて細い笛の音が聞こえた。  山道へくだる石段の下からのぼってくるらしい。人気(ひとけ)ない静寂の中の笛は、 「ここにきて。そばで聴いて」 と乞うように響き、美李は迷った。  やがて決心して裾をからげ、小雨の中へ足を踏み出した。  広がる里を見渡す踊り場に、詩丈はいた。  伏し目がちに横笛をかまえ、うすく引いた唇を寄せ、神へささぐ音を一心に探す。  強まってきた雨も、あたりの景色も、自分の存在さえも忘れて奏でる調べは、ひたすら透明で清かった。  美李はかける言葉を持たなかった。  曲が終わっても黙って立っていたので、ふと顔を向けた詩丈が飛びあがった。 「あれっ、いつからいたの。うるさかったかな」 「いいえ……」  巫女はあいまいに首をふる。 「ええっと、それじゃあ…… 濡れるから戻ろう! 風邪引いちゃいけない」  守り人は相手が答える前に手を引き、長い石段を戻りはじめた。  いつもと違う美李の様子に動揺しているのか、軽妙なおしゃべりはない。時おり送ってくるまなざしから深い思いやりが感じられた。  袖を頭にかざし、一緒に庭へあがる。  ふいに雨雲が割れ、光の帯が雨を輝かせた。 「あっ……」  詩丈が顔をこわばらせる。  回廊の端、欄干のたもとに、凶兆の欠片がきらめいていた。しかし怯んだのは一瞬で、彼女は立ち向かうように手を伸ばした。  美李も同時に手を伸べる。  少女の指が恋の雨の上でふれあった。ゆるやかに浮いた視線が、お互いだけをとらえた。
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