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翌朝はやく。
詩丈は守り人の詰所を出て、大きく伸びをして空を見透かした。雲は少ないが風が湿っている。そわそわと錠をおろしているところに、とげのある声が落ちてきた。
「美李に近づかないで」
神殿へつづく階段の途中に、白い衣と濃緑の袴がはためく。愛らしい顔を険しくした奈々だ。
詩丈は、戸惑いながらも小柄な巫女に笑みを向けた。
「おはよう、奈々。お祈りもう終わったの?」
「はぐらかさないでよ。笛を吹いたり妙なことを言って、美李を怖がらせるのはやめて」
斬りつけるような物言いに、詩丈は形のいい眉をひそめた。
「私は、美李を守るって言ったんだよ。あの子はすっかり決心してるみたいだし……」
と、声が少しするどくなる。
「怯えているのは、私や君の方じゃないかな。不安をぶつけあっても運命は変えられないよ」
「…………」
声を詰まらせた奈々は、強い視線を避けるように身を返した。
唇を噛み、衣を乱して石段を駆ける。束ねた髪が背中をたたき、心が悲鳴をあげた。
気に入らない。何もかも気に入らない!
いくらふり払っても昨日の光景がよみがえる。
里でのつとめから戻った奈々は、庭で見つめあっている二人に出くわした。ひとつの石を一緒に持ち守り人と向きあう美李は、信じられないほど幼く見えた。
「ちがう。あんなの、美李じゃない」
涙声は喉に熱く、いっそう瞳を濡らす。
十才の時から四年近く、奈々はずっと美李の近くにいて、誰よりも彼女を知っている。清廉で整っていて、少しの欠けもない少女。それが美李であるはずなのに……
気がつくと神殿の庭を抜け、誰もいない裏手へたどりついていた。
しゃくりあげながら息を整えていると、枝葉の奥で何かが動き、奈々はビクッと身をすくめた。
小さな祠の後方に、ぼやけた影がうずくまっている。
それは半ば崩れながらも人の形をしていた。
奈々は縛りつけられたように息をとめた。
不穏な風がそよぐ。
萎びた影の腕があおられたようにあがり、ゆっくりと少女を招いた。
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