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第1部 第1章 仕事終わりの一服は鉄粉の苦み
「お前はいつも見てるばかりか。」
夜空に100数十年前からも変わらぬ大きな満月が浮かんでいた。
俺の左の脇腹は大きくえぐり取られていたが、止血され失われた細胞が復元されるまで
しばらくこいつを眺めていることにした。
腎臓も失っているが幸い肺は無事なようだったので
まだ動く右腕でズボンの右ポケットをまさぐった。
「あった・・・」
完全に押しつぶされて平たくなったBOXから
何とか原型の残ったタバコを一本摘まみだした。が
「shit!」
肝心の使い捨てライターが粉々になっている。
思わずその貴重な1本を投げ捨てようとしたが思い直し
仕方なく血とホコリまみれの口元に火を点けぬまま咥えた。
もう一度ゆっくりと背筋を伸ばして仰向けになった。
無音の呻き声をあげながら、全身を駆け巡る激痛に耐えた。
心を洗われるような神聖で厳かな満月の夜だが
清濁併せ吸んだ俺の牙は
まるで鉄粉を舐めているような苦みだけが残っていた
その苦みはこの仕事の終わりに味わった
今の俺の感情そのものだった。
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