星屑のメロディ

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星屑のメロディ

 ずっと、この日をまちわびていたんだと思う。    夢にまで見たステージの上で、グラウンドピアノの前に座る青年に頷いた私は目の前に立つスタンドマイクを握る。  私が纏う肘まで覆う純白の手袋や、マーメイドドレスの抜けるように白い裾が、スポットライトに照らされてキラキラと輝いていた。  私には、がいる。  それに気づいたのは、小学生の頃。その人の事を誰に言っても、気付いてくれなかった為にその事に気がついた。私の脳がおかしいのか、それとも幽霊だとかそういうもだったのかは分からない。  けれど、私にしか見えないその友達を怖いと思ったことは一度もない事だけは確かだった。二十年近く付かず離れず傍にいて、けれどその姿は全く変わらない私の大事な大事な、大親友。  すらりとした長身で、中性的な容貌をしたその人の名前すら知らないし、その声を聴いたこともないのだけれど。 「なんでお話してくれないの?」  幼い頃の私は、一度だけその人にそう尋ねた事がある。その人は少しだけ困ったように笑って――いつも柔らかな笑みを浮かべている人なのだ――少しだけ眉を下げ、口元にはいつもの柔和な笑みを浮かべて、玩具のキーボードの鍵盤をいくつか押してみせた。  いつも何かの楽器を手にして、その楽器から出される音がその人の声だった。言葉の代わりにキラキラとした音の粒を、美しいメロディを、私にたくさん渡してくれた人。現実に存在する友達が極端に少ない私は、声も名前も知らない上に私にしか見えないその人と過ごす事が多かった。  もしかしたら、その人と過ごす事が多かったせいで現実に存在する友達が少なかったのかもしれないけれど。  小学中学をそうやって過ごした私は、気付けば音楽高校に進学していた。勉強としての音楽が、全て楽しかったとは言えないけれど――それでも、私の隣にはあの人がいて、あの人が奏でる音は私の中で響き続けていた。  進学先を決めたのも、その人が決め手だった。大学のパンフレットを見ていた私の横でハーモニカを吹いていたその人が、妙に興味深げに眺めていた大学のパンフレット。そこは国内では最難関と言ってもいいような学校で。 「行きたいの?」  思わず尋ねてしまった私に、その人はハーモニカでメジャーコードを鳴らしゆっくりと頷いて――そして、必死の練習と猛勉強の末、私はあの人が望んだ学校の門を潜り抜ける事に成功したのだ。  その頃から、少しずつあの人の姿を見かけることは減っていた。それが何故だったのかは、今でも分からない。  ひょっこりと姿を見せてくれた日はラッキー、そんな事を思う位には会える事が少なくなって――私は少しだけ寂しさを覚えながらも大学を卒業した。  私は大学を卒業したのと同時に、あるジャズバーで働き始めた。いや、そう言うと語弊があるかもしれない。正確には大学時代にバイトをしていたジャズバーでの仕事を続けようとしていたら、もう少し大きい所に行ったらどうかとマスターが紹介してくれた店で働き始めた。  そこは界隈の中で老舗と言われるような店で、私はそこでに出会った。  店の壁に掛かっていた写真の中で、はかつて私に見せてくれた笑みを浮かべてこちらを見つめていた。 「この店の創業者だよ、ジャズだけじゃなく、どんな音楽も大好きでね。どんな楽器でもあの人にかかればよく鳴ったんだ。まるであの人自身が音楽そのものみたいに」  真っ白な髪を緩くセットしたこの店のマスターは写真の前から動けなくなってしまった私に、優しく教えてくれる。  よくぞその事実にたどり着いたとでもいうよに、私の耳だけに届くフルートの音が聴こえた。  きっとは、音楽そのものになり私の前に現れたのだと、その時ようやく気がついたのだ。 「歌ってみないかい?」  マスターが私にそう言ったのは、それから数日後の事だった。元々私の専攻はピアノで、この店でも専らピアノばかり弾いていたところにこれだ。あまりにも唐突な提案だった。 「歌います!」  唐突な提案に、私は叫ぶように食いついた。どちらかというとあまり喋らない方である私が身を乗り出して返事をした事に、マスターは面食らっているようだった。 「歌いたい曲があるんです」  曲名を告げれば、マスターは好相を崩して頷いてくれる。「それは奏さん――創業者がね、好きだった曲なんだよ」補足するように、そう告げられたマスターの言葉にそんな気がしていたと思いながら私は頷く。  それは私にしか見えない友達が、いちばん好きな曲で。  本当は、あの人と演りたかった曲だった。  白いマーメイドドレスに、肘までの純白の手袋。ハイヒールも白。まるで結婚式みたい。とステージに上がる直前、ピアノの前に座る青年には笑われた。  金曜の夜、三番目のステージ。少し遅い時間だから、コアタイムのステージよりは客は少ない。常連が多いけれど、あまり見ない顔もある。  それから、二十年近く付かず離れずに居てくれた人もいる。  小さく笑って、壁に飾られた彼と――そんな写真の彼と、とてもよく似たあの人を見つめる。写真が飾られた壁にもたれてこちらを見つめ返しながら笑みを浮かべる姿は、映画のワンシーンのようだ。  だから私も、映画のヒロインになってみせよう。  あの人が尽くしてくれた音楽の数だけ、私の中に降り積もったあなたの奏でる音の数だけ、私はあなたを好きになったと教えてあげよう。 「スターダスト」  小さく、その曲名を口にして。私は恋の歌を歌う。  ふとした瞬間、私の耳に過るメロディは、全部あなたがくれたものだと伝えるために。
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