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 そこは、この地でも有名な観光名所だが、身投げも多い場所でもあった。  老人は、ついつい交通機関を用いてここまで来たが、そんな気は微塵もない。  微塵もないが、ぼんやりと滝を眺めるさまは、見る者からするとそう見えてしまうかもしれない。  そう言う考えが頭にあって避けた訳ではないが、今日は休日ではない平日の中日だ。  この数か月の間にあった出来事が、年を老う身には重くのしかかり、そんな様子を見た他人に、気遣われたくなかったのだ。  ある会社の会長の座を辞し、ほんの数か月だ。  娘婿に後を譲り、隠居生活を楽しもうと思っていた矢先の、二つの悲劇。  それは老人にとっては信じられない話であり、何度も警察や周囲に訴えた。  だが、無駄だった。  いつの間にか、自分には年による病があると言う認識が、良識ある者達の中にも浸透してしまっていて、信じる者がいなかったのだ。  なぜそうなったのか、誰が画策してそうなってしまったのか。  考えるのも、疲れていた。  滝が真正面に見える池沿いのベンチに腰掛け、老人はぼんやりと水の流れを見つめる。  平日で、遠足や旅行も少ないこの時期でも、暇な若者はいるらしい。  昼を過ぎる頃、老人がいる隣のベンチに、テーブルを挟んで若者が三人集まった。  若い三人は、何やら明るく話していたが、隣で座る老人の様子に、何か感じたらしい。 「……場所を、移動しないか?」  無感情な声が、他の二人に切り出した。  それに答えたのんびりとした声が、面倒くさそうに言う。 「もう腰を落ち着けたんだ、面倒くさい。大体、今時珍しくもないだろ。爺さんの身投げなど」  明らかに自分の事を言っていると、老人はぎょっとして振り返るが、気にせず声が続けた。 「本当に身投げした時に、すぐに逃げれば問題ない」 「そうか? そこに、監視カメラがあるのに?」 「お前が改竄しろ、改竄」 「無茶、言うなよ」  無感情な声が呆れて返した時、黙っていたもう一人が笑いながら言った。 「話に夢中で、気づかなかったと言えばいいだろ。オレたちが移動するまでの大事じゃねえよ」  あんまりな言い分に、老人が思わず立ち上がった。  隣の席に歩み寄り、無言で睨む。  藤に覆われた席に座って、目を丸くする三人は、予想以上に若かった。  まだ十代に見える三人の内、一番若そうな若者が、笑みを浮かべた。  驚くほどに、包容力のある笑顔だ。  腰まである長い黒髪を、後ろでしっかり束ねたその若者は、老人を見ながら言った。 「ふうん、怒る元気があるなら、身投げはねえんじゃないか?」 「世を儚む年でもない様だ。そこまで生きたのなら、天寿を全うしてから死んでも、あまり変わらんぞ」  薄く笑いながらのんびり言う若者は、その若者より年かさだが、若いのには変わりなく、十代後半位だ。  瞳の色が薄い印象を受けるその若者は、場所替えを提案した若者を見た。 「何を警戒していたんだ、お前は?」 「……そう言う警戒じゃないんだけど、まあいい。もう、話を進めよう」  溜息を吐いて答えたのは薄色の金髪の、色白の若者だった。
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