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現れた老人を、一瞥した後は、こちらを見ない。
言いながら、上着から紙切れを、二枚取り出した。
それを見て、年かさの若者が笑みを浮かべる。
「やっと、オレたちの報酬か。永かった」
「遅くなってすまなかった。片づけに、少し手間取ったんだ」
「痛い目見た分、少しくらいは色、ついてんだろうな?」
金髪の若者がテーブルに置いた紙切れを、二人の若者は当然のように受け取って、その数字を見た。
小切手らしいその紙に書かれた数字の額を、見るともなしに見てしまった老人が、思わず目を剝いた。
驚く老人に気付かぬ振りで、小柄な若者が問う。
「オレたちでこれだけだとすると、お前は、何倍貰えた?」
当然と言う口調の問いに、金髪の若者は眉を寄せた。
「あのな、今回は、あんた達の報酬までは、徴収できない事案だったんだよ。私の分を二等分したんだ。少しは感謝してくれ」
「これの二倍? おい、リヨウの奴、あそこまでやらせといて、お前をそんな安くで見積もったのか?」
「こんなものだろ? 土地も買ってもらったし、その分も含めてかき集めたのがそれだ。足りないなら足すけど」
目を剝いたままの老人の前で、二人の若者は呆れた顔になった。
「お前、金銭感覚が、おかしくないか? あって困るもんでもねえだろうが」
「なくても、不便はない」
きっぱりと言い切るその様は、聞いていて気持ちがいいものだ。
つい感慨深げに若者を眺めてしまった老人の前で、小柄な若者が切り出した。
「他に割の合う仕事、ねえか?」
「今のところ、ないよ。そういうのは、あんたの方が、探しやすいんじゃないのか?」
「お前が今、係わってる仕事は、人がいらねえのか?」
口調が、少しだけ変わった気がして、老人が若者を見ると、金髪の若者もそう感じたのか、ゆっくりと慎重に答える。
「ああ、いらない。実入りのいい仕事でもないから、勧められないよ」
「そうなのか? オレはてっきり……」
やんわりと言って、小柄の若者が不敵な笑みを浮かべた。
「どこかの金持ちの依頼で、森岡家の事件に、係わってるもんだと思ったんだが、違うんだな?」
老人が、弾かれるように振り向いた。
黒々とした目が老人を見返しながら、答える。
「違うよ。その件とは、全く係わってない」
「ほう、なら、何で、その爺さんから、早く離れたがったんだ?」
金髪の若者が、やんわりと微笑んだ。
向けられたわけでもない老人ですら、つい見惚れるほどに綺麗な笑顔だ。
「これ以上、あんた達といて、この人の話に巻き込まれたく、なかったんだよ」
「へえ、姿も見てねえうちから、森岡家のご隠居だと、分かってたのか」
「今はまだ、顔を覚えてる人、少なくないはずだよ。あんただって、知ってたんだろ?」
小柄の若者が、笑みを濃くした。
「今、顔を合わせたからな。言われるまでは、隣にいるのが、このご老体だとも思わなかったぜ」
微笑んだままの若者に、小柄な若者はやんわりと切り出した。
「つまり、森岡家の仕事ではねえが、森岡家の面々を調べなきゃならねえ仕事は、引き受けてるって訳だな。しかも、このご老体の動きも把握する必要があるような、重大な仕事だ」
「……婿が、金で雇っているのかっ? 私を、監視してるのかっ」
老人が、こらえきれずに金髪の若者に攫みかかった。
「あいつ、娘や隆だけで飽き足らず、私まで狙い始めていたのかっっ」
目を見張る若者二人に構わず、怒りに任せた老人は大声で喚いた。
「やれるものならやって見ろっ、只で殺されてやるものかっ。お前なんぞ、返り討ちにしてやるっっ」
「あの、森岡浩司さん」
攫まれている若者が、無感情な声で静かに呼びかけた。
「誤解ですから、落ち着いて下さい」
まだ肩を攫んだままの老人越しに、もう二人の若者を見て、苦い顔を向ける。
「頼むから、誤解を招くような言い方は、止めてくれ。迷惑だから」
「どう、誤解だと言うんだ。お前さんが、私の行動を把握しているのは、事実なのだろう?」
「事実ですが、狙うために把握しているんじゃ、ないです」
言い切り、若者は老人の目を見返した。
「守秘義務があるので、詳しくは話せませんが、仕事上での万全な準備の過程で、あなたの動きは把握させてもらっています」
「何故だ?」
「それは……」
首を傾げ、若者は答えた。
「あなたが、痴呆を患い始めていると、疑われているからです」
老人は、思わず詰まった。
警察や顔見知りの他の取引相手達にも、そんな噂のせいで話の信ぴょう性を疑われた。
否定すればするほど確信されると、その経験上分かっている森岡翁は、只歯を食いしばって黙り込んだ。
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