3/5
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
 黙った老人を見つめながら、金髪の若者はそっと身を引き、立ち上がった。 「話は終わったから、私は帰るよ。今日は、久し振りの非番なんだ」  二人の若者に声をかけ、直ぐに老人にも声をかける。 「送ります。ここで一人で思いつめても、何も解決しないと思いますよ」 「君は……」 「時効がなくなって、本当に良かったと、私は思います。後は、あなたが、それまで健在であることを、願っています」  目線が少し高い若者が、森岡翁に笑いかける。  その笑いに見惚れながら、思わず頷いた老人を促し、若者はその場を立ち去ろうと動いたが、直ぐに引き留められた。  すぐ隣に座っていた、同年の黒髪の若者が、手を伸ばしてその肘を攫んだのだ。  肩越しに振り返った若者に、のんびりと笑いながら、黒髪の若者が言った。 「随分、報酬のかき集めに時間をかけたと思っていたが、そう言う事か?」 「そういうこと?」  まだ笑みを残しながら返す若者に、今度は小柄な若者が言う。 「お前にしては、仕事の治まりを先延ばしにしているとは思ったが、こりゃあ、仕方ねえか? 先月の末に起きた件、ありゃあ、緊急の対処が、必要な案件だもんなあ」 「……あのな」  腕に力を込めて、攫まれた肘を振りほどこうとしながら、若者はやんわりと答えた。 「何度も言わせないでくれ。私は、その件には係わっていない」 「なら、どの件に係ってんだ? 森岡涼子(りょうこ)の行方か? それとも……」  目を剝いた森岡翁に構わず、小柄な若者は続けた。 「畑中(はたなか)隆の行方か?」 「それ、どちらも、あの件に絡んでるじゃないか。さっきも言っただろ? 私は……」 「ああ、もう一つあるか。畑中一家の、保護」  老人は目を剝いたまま、傍に立つ若者を見た。 「……隆の女房と娘は、無事なのか?」  先月の終わり、畑中隆は森岡家の一人娘涼子を殺害し、その遺体と共に姿を消した。  遺体もなく、その被疑者すら消えてしまっているのにも拘らず、警察は証言した森岡篤史(あつし)の弁を信じ、畑中を指名手配した。  その直後から、畑中の夫人と娘まで行方が知れなくなり、恨みのあった涼子を殺害した後、覚悟の一家心中をしたのではと、全国で話題になった。  中々、手を振りほどけず顔を顰めながら、若者は答えた。 「その件も、私は知りません」 「しかし……」 「見ず知らずの、こんな遊び人の言い分を、信じてはいけませんよ」  真顔で言い切った若者の腕を、テーブルを挟んで座っていた小柄な若者も、攫んだ。  二人が一斉に力を引き、強引にベンチに座らせる。 「……誰が、この中で一番、遊び人に見えてると思う?」 「普通に見りゃあ、お前が一番、ふざけた遊び人に見えるだろうが。棚上げすんじゃねえ」 「そう見えると思うから、そう思われてる内に、早くこの話を切り上げて、終わらせたいんだけど」  声を抑え気味にしているが、若者は危機感を抱いているようだ。  何への危機感かは分からないが、老人は訊かないではいられなかった。 「……本当に、あの件には、係わりがないんだね? つまり、本当に隆は、涼子を恨んで……」  娘婿の主張は、正しかった。  信じたくない、そう思って訴えていた自分の方が、矢張りおかしいのかと肩を落とす森岡翁を見上げ、若者も何故か肩を落とした。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!