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藤の蔓を見上げ、しばし黙る顔を、他の二人が見守る。
「……他の人たちが、動いている案件なので、詳しくは話せませんが、一つだけ、はっきり言える事があります」
ゆっくりと切り出す若者を、他の二人は黙ったまま見ているが、何故かしてやったりという顔で、にやりと笑った。
「畑中隆さんは、あなたの娘さんを、手にかけてはいません」
見返す老人に頷き、若者は続けた。
「隆さん本人の行方は分かりませんが、ご家族は無事です。どこにいるのかは、知らない方がいいと思います」
「隆の行方が分からないとは、どういう事だ? 涼子と、逃げているのか?」
「私が知っているのは、その位です。申し訳ありませんが、これで勘弁ください」
無感情だが、その目に申し訳ない気持ちが、浮かんでいた。
同情でないその感情が、つい、甘えを口に出させた。
「君は、随分高値で、情報を売り買いしているようだな」
「いいえ」
首を傾げ、若者は答えた。
「私が売っているのは、自分自身です。情報はその仕事内容によって、必要だから得ているだけで」
「では、君を雇えば、君が知っている情報を、私に提供してくれるか?」
「お断りします」
きっぱりと拒否され、老人は思わず身を乗り出した。
「何故だっ?」
「さっきも言いましたが、他の人たちの案件なんです。当たり障りない情報ならば話せますが、これ以上は、その人たちの動きに触ります」
取り付く島を見つけられなくなった老人に代わり、黙って見ていた幼い若者が切り出した。
「じゃあ、お前が知る限りの情報の中で、今の話が最小限での譲歩か?」
「ああ。これ以上は、漏洩先によっては、係わっている人や関係者の命に、危険が及ぶ」
若者は、金髪の知り合いに静かに頷き、老人を見た。
「森岡浩司さん、これは、あんたが良ければの話なんだが……」
「な、何だね?」
「こいつじゃなく、オレを雇ってみねえか?」
目を瞬く老人に、若者は不敵にも見える笑みを浮かべた。
「あんたが知りたい情報、あんたが調べていると知られねえ方法で、あんたに提供してやるよ。報酬は、あんた次第で色付けてくれりゃあいい。どうだ?」
「し、しかし……お前さん、随分若いではないか」
「若くちゃ、いけねえか? 若い方が、良く動けるぜ。それに……」
何故か顔をそむける金髪の若者を見ながら、意外な言葉を続けた。
「そいつより、オレの方が年上なんだ」
驚きながら、しかし当然の不安を覚える老人に、今度はもう一人の若者も声をかけた。
「何も、手探りの状態から始まる探索でもない。こいつが吐いた情報、充分な手掛かりになる」
情報と言うには曖昧な話だったが、若者にはそう聞こえなかったようだ。
「畑中隆の妻子は生存。畑中隆本人と森岡涼子の生死と行方は不明。まずはそれが分かっている事だ」
並べられた言葉に、戸惑いながら頷く老人に、幼い若者は衝撃的な言葉を投げた。
「そんな大事を、漏らしてもいいと思えるって事は、こいつの知り合いが担当する仕事には、更なる奥があるって事だ」
今回の事件など、歯牙にかけるまでもないと思える、とんでもない事案。
「こいつがもし、あんたの依頼を受けるとしても、その奥の話は報告しねえと思う。だが、オレなら、そう言う心配はない。どうだ?」
「奥の、話とは? どういう話だ? この上、何があると?」
「それは分からねえ。だが、生半可な話じゃ、ねえようだな」
老人が唸った。
返事を待つ二人を見ながら、金髪の若者はゆっくりと身を引いている。
「何が出るか、分からん、か。そうだな、障りの話だけ知っていても、後に憂いを残しては意味がない。君たちを、言い値で雇おう」
「有難い」
「? たち? オレもか? 助かるが、いいのか?」
年かさの黒髪が、きょとんと返す。
それが妙に年相応に見え、老人は微笑んだ。
「君も、次の仕事を探していたのだろう? その位の余力は、あるぞ」
「そうか、なら、全力でやるか」
「……そうすればいい。この手を離せば、もう少し全力が、出るんじゃないか?」
若者が言う言葉を受け、もう一人の若者が返した。
攫まれた腕を、未だ解放できないでいるようだ。
「……お前、本当に非力だな」
「そうだよ、非力な奴は、早く解放してくれ」
話から外れたはずの者を、何故か捕まえたままの若者は、笑顔で言った。
「これから尋問するのに、解放できるはずがないだろう」
「これ以上は、話せないと言っただろうっ?」
吐き捨てるように言われ、幼い若者がわざとらしく溜息を吐いた。
「お前が、その件を請け負ってねえのに知っているって事は、その事案が起こる場にいたってだけなんだよな?」
「……」
「仕事じゃなく、係わっていない話なら、その場の出来事として、話せるんじゃねえのか?」
やんわりとした声に、若者は詰まって黙り込んだ。
肘を攫んだままだった若者が、にんまりと笑ってその腕を離した。
その笑顔のまま、丸め込んだ幼い若者と顔を見合わせる。
何やら悪ガキどもの、悪戯を見ている気分だ。
そんな気分ではないはずなのに、少し気分が和らいだ老人の前で、金髪の若者が力なく言った。
「口止めされている事も、いくつかあるから、その部分は話せないぞ」
「ああ、分かってる。その部分は、こちらで調べるから、気にすんな」
幼い若者の答えに、深い溜息を吐いたのが、了解の答えになったようだ。
そこでようやく、森岡浩司は、三人から名を告げられ、自分が築いた家の、今起こっている不可思議な事件の全貌を、解き明かしていくこととなったのである。
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