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早い話が、この家の前に、エンが倒れていたのだと言う。
「それは、いつ?」
「あんたらが、古谷に腰を落ち着けたと聞いた年の、冬だ」
「……じゃあ、いなくなって、すぐだね」
どんよりと呟く女が座る前方に、ちゃぶ台越しに座った蓮が、記憶を遡って話し出した。
「朝起きて外に出たら、雪に埋もれてエンが倒れてた。随分長く倒れてたようで、見つけた時には意識がなくてな、助け出して一応の処置をしてから、セイの元に知らせた」
が、セイの反応は、恐ろしく鈍かった。
「ああ、あの時は、まだ解散直後だったから」
雅が頷き、メルも暗い顔で頷く。
「そうらしいな。反応が鈍いんで、ちと不思議だったが、エンに後で聞いた。あいつ、仲間を粛正したらしいな」
人がいなくなった時期を見計らって動いた、自分を排除しようとする仲間たちが、庇ったジュリの命を奪った。
「あの時、エンを支持する動きが、見受けられたんだ。あの子の姿かたちが、余りにも頼りなかったんだろうね。男衆が出払った隙をついて、あの子に頭を下りるように迫った上で、命を奪おうとした」
立ち尽くして、その刃を受けようとしたセイを、ジュリが庇った。
倒れる女にすがる若者に、笑顔を向けて囁く友人の顔を、雅は鮮明に覚えていた。
「そこで、キレたんだよ、セイは」
メルが続けたが、雅は違うと知っていた。
あの笑顔は、残った仲間を怯えさせ、躊躇いなく自分に異を唱える者を殺戮したが、それは、正気のままの所業だった。
その証拠に、雅の言葉を解し、直ぐに振り返った。
あの時、早めに戻ったロンとゼツは呆然として、セイの姿に憤って成敗する事を願う反乱分子を、抑えきれないでいた。
そんな様子に業を煮やし、雅へと矛先を向けた者がいたのだ。
エンのすぐ近くにいる女で、弟子でもある雅が、エンの崇拝者であると思い込んだそいつは、セイの成敗を願った。
「我々は、エン様こそが、頭にふさわしいと思うのですっ」
そんな事を言う者たちに、雅は優しく笑った。
「なら、エンの為に、死ねるか?」
「勿論ですっ」
「そう、じゃあ、死んでもらおうか」
優しく笑ったまま言った女のその後の行動に、男たちもメルも、身を凍らせた。
そんな仲間たちの目を受けながら、雅はセイに声をかけたのだ。
「もう、君を害する者はいないよ」
そう、呼びかけた。
初めて行った大量の殺戮に、体が悲鳴を上げるのを感じながら、雅は出来るだけ優しく、若者に語り掛けた。
振り返って、女の有様を見たセイは、素直に顔を歪ませた。
何かを言いかけて、声を出せない若者に、雅は笑いかけた。
声が震えないように気を付けて、話しかける。
「私は、君がここの連中をどうしたいのか知ってる。その為なら、どんな手助けもすると昔言っただろ? 半分は私が受け持ったから、もう、止まりなさい」
体が強張ってしまった雅を、セイはすがるように抱きすくめた。
その辺りから後の事は、ここで話さない。
あんな、愛らしいセイを独り占めしてしまった、負い目があるのだ。
メルも話したいと思わないのか、そこで話を戻した。
「……まあ、色々とごたついている時に、エンの怪我が深刻なものだと分かって、その後、姿を消した」
生きる気が、無くなったのだと雅は思った。
そう言った女に頷き、蓮が続ける。
「死ぬ気で姿を消したのに、何故か葵が住んでたここに来た。一度も足を踏み入れたことのねえはずの、この場所に」
疑問だったが、何となくそれを画策した者は分かった。
「あいつの親父が、ここに誘導したんだろうな」
何故かは知らないが、一応親として気にしていたのかもしれないと、蓮は思う事にした。
そう納得した上で、蓮はその後のエンの処遇を、セイに切り出したが、若者の反応は鈍かった。
そのまま放って置いてやってくれと、あっさり言われた。
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