すでに死んだ奴の名札をロッカーから外さないのはなぜだろう

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 トマスが更衣室に入ってきた。 「あれまだホシノいたのね、あれササじいも」  トマスは気難しい日系アルゼンチン人だったが、なぜか佐々木は彼に気に入られていた。 「トマス、遅かったじゃん。ウンコしてたのかよ」  星野が半笑いでからかうと、トマスはぎろりとドングリ眼で彼をにらんだ。 「ホシノの尻ぬぐいをしてやってたのよ、ざけんな」  星野が中途半端にオイルを拭きとっていた箇所を再度、掃除してきたのだそうだ。 「まったく、トマスは細けぇなあ」  他人ごとのように星野がうそぶいている。トマスはまた、むっとしたようだったが星野のような軽いタイプにはまともに取り合わないだけの分別は持ち合わせていた。  案の定、トマスは少し奥にいた佐々木の脇に寄ってきた。 「ササじい、一服して帰るんでしょ? ちょっとまっててよ」 「えー、お前着替えるの遅いじゃん」 「あんな狭いところにロッカー用意されちゃったから着替えにくいのよ。ホシノ、あんたガリガリだから奥でもだいじょうぶでしょ。アンタの隣、空いてるんだよね? そこに移りたい」  そう言いながら『石井』の名札を太い指でつついた。 「でもなんでこのカイシャ、死んだヤツの名札をいつまでも残しとくの」 「それだよ、それ、オレも疑問なんだよ」  星野がようやく話題に乗れた、といった顔でしゃしゃり出た。 「すぐ辞めるヤツばっかだし、派遣もロクなヤツ来ないし……こないだ三人も入って、みんなすぐ辞めたし。会社もロクでもないからな」  星野はふだん他からロクでもないと陰口をたたかれているとも知らず、そんなことを言って笑っている。それから、 「たぶんさ、入社希望者が見学に来た時に、総務が少しでも多く人がいるって見せたいためだけに、名札外さずに置いておくんじゃね?」  もっともらしい理由まで述べ始めた。 「いや」  奥に入ってようやく着替え始めたトマスが、首からシャツをぶら下げたまま急にこちらに首をのばして口をはさんだ。 「総務で思い出したよ、総務のカガミがさ」 「加賀見? あのうるせえオッサン?」 「あのうるせえ・こまけえ・チビミラーが言ったらしいけどさ」  トマスに勝手に改名されている加賀見、佐々木も正直苦手だったが、トマスの次のひと言にはおもわず絶句した。 「自分でしんじゃった、って言いに来るまではしんだ証拠がないから手続きしない、って」 「へー!」星野の目が丸くなった。 「マァジカヨ!?」 「マジダヨ」  ふたりですっかり外国なまりになっている。 「おいそれよかトマス早く着替えてよ、一服してさっさと帰ろうぜ」 「ごめんなさいササじい」  意外と素直にトマスは首を引っ込めた。
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