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星野の話を聞いて、ヨーコも鼻で笑っていたが(おおかた誰かのイタズラだろう、という目を佐々木に向ける)、続いた怪奇現象の話の流れで、星野がまたロッカーの名札のことを言い出した時、案外真剣な目になった。
「女子ロッカーもさ、そうなんだよね……」女子の方が入れ替わりは少ないし、長期にわたって勤務している人も少なくない、それでも大昔に辞めてすでに亡くなった人の名札がふたつほど、残っているのだそうだ。
「誰か、そこ開けて私物の片付けとかしていないのかな?」
佐々木は煙草をもみ消しながら言う。
石井の事故は急な話だったので、ロッカーには今でも彼の作業靴が残っていた。家族に返却される様子もなかった。
「いや……」
ヨーコが急に、遠い目になった。
あけても、いいのかな? どうなんだろう、ってちょっとね。
駐車場まで白い息がずっとあがっていた。
ヨーコと佐々木とは、たいがい横並びに停めることが多い。
じゃ、ヨーコちゃんお疲れ、と声をかけると、ヨーコはいったん開けた車のドアを閉めて、
「ねえ佐々木さん」
急に静かな声で言った。
「アタシがもし、総務にちゃんと言えたら……名札は外してもらえるのかな?」
答える間もなく、じゃあおつかれさまー、と彼女は車に乗り込み、暖気もせずにさっさとアクセルをふかし、真夜中の奥底へと帰っていった。
佐々木は出て来たばかりの工場を振り返る。
すでに次の交代勤務が始まっているようで、いつものように窓から明かりが漏れている。
どこか地響きにも似たモーター音が足元に響く。
考えても仕方のないことはあるのだ、と佐々木は車に乗り込み、家族の待つであろう家路についた。
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