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「何だろう、誰かのイタズラ?」
思わず呟く。
とりあえず家に入ってから内容を確認しようと思い、貼り紙を剥がし、家に入り、鍵を閉め、靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
ソファに座り、貼り紙の内容を確認する。
何やら拙い文字で、こんなことが書いてあった。
「こんばんは。突然ですが、あなたは車の運転に苦戦していると伺います。色々と不安を抱え、先生は分かってくれない。とても疲れるでしょう。あなたの心中、お察しします。しかし、心配することはありません。それはあなたのせいではありません。経験豊富な先生と、未体験のあなたでは差があるのは当然です。そこで、我らは頑張るあなたをサポートするため、特別な教習所をご用意しました。あなた好みの、とてもモフモフな教習です。是非とも、裏の住所までご足労いただけたら嬉しく思います。是非ご検討を」
読み終える。
そして一言。
「……なんだこれ」
困惑した。
これを書いた主は、何故か僕の事を知っている。
僕が教習所に通っていること。運転がうまく行っていないこと。教習所の先生を困らせてしまっていること。そして、何より。
「なぜ、僕がモフモフ好きだと知っているんだ?」
個人的な好みまで知られている。
不審で不気味な貼り紙。
こんなもの、すぐに破り捨ててゴミ箱に放り込むべきだ。
書いてある場所に行く必要は無い。
本来ならそうするべきだろう。
「……」
だが、何故か僕は目をそらせずにいた。
読めば読むほど、不思議と心が踊る。
行ってみたい。その気持ちが強くなっていく。
僕はよほど心労が溜まっているようだ。こんな訳の分からない貼り紙に、現状を変える希望があると思ってしまう。
「……」
今すぐに行きたい。
そんな気持ちが高まってきた。
今行かないと、ずっと後悔する。
そんな確信を強く持った。
僕は立ち上がり、玄関へ向かった。
自分でも驚くほどの決断の速さだ。普段の優柔不断さからは想像できない。
玄関につき、靴を見下ろす。
いつの間にか、靴一杯に毛が詰め込まれていた。
異常な事が起きているが、歓迎されているかのようで嬉しく感じた。
抵抗もなく足を突っ込む。もふもふした感触が足全体を包み込み、とても心地好い。
ドアを開けて、外に出る。振り返り、戸締まりをしようと鍵を差したが、違和感を覚えた。ドアを回すと、既に鍵がかかっている。
次から次へと不可思議なことが起きている。だが、一切の恐怖を感じなかった。むしろ導かれているようで、喜びの方が大きい。
貼り紙の住所はすぐ近くだ。月が明るく道を照らしてくれているので、道に迷うことは無かった。
数分ほど歩くと目的地についた。
突き当りの路地。三方をブロック塀に囲まれた街灯が一本あるだけの場所。
幼いころから、誰も通らないところなのに街灯がある事を不思議に思っていた。妙に存在感があるため、忘れられない。
普段は、ブロック塀に阻まれ、先など見えない場所。
そんなところが。
今日は、開け放たれた場所に変わっていたのには流石に驚いた。そこは正に教習所だった。広々と一周出来るコースに、急な曲がり角のS字やv字、坂道、信号交差点、各駐車スペース等。
僕の行っている場所とほぼ変わらない。
呆気に取られながら、その教習所を歩く。
街灯の向こう側に何があるのか詳しくは知らない。
だが、少なくともこんなに広い施設が入る土地など存在しないことは断言出来る。
動物に化かされているようだ。
「こんばんは」
突然背後から声。
「うおっ」
驚き、思わず声を上げた。僕の他に人がいたのか。気付かなかった。
後ろを振り向く。
「うおっ」
そしてまた驚いた。
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