フィルムカメラと、あの子

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 夜、風呂から上がってくると弥生はもう寝てしまったようだった。カメラは大事に部屋にしまい込んでいるらしい。 「ばあちゃん、おやすみ」 「はい、おやすみ」  針仕事をしている祖母に挨拶をして、自室として与えられている和室に入った。「おやすみ」とは言ったものの、まだ若者が寝る時間ではない。どうしようかと思ってスマホをいじっていると、彼女である奈央から連絡が入っていた。 『裕太、全然連絡くれないじゃん』 『色々忙しいんだよ、ごめんな』 『雪かきとかでしょ、そんな時間かかんの』  かかる。早朝から昼過ぎまでかかる。その後は疲れ切って寝たりとか、これまた近所の人に頼まれてちょっと遠くのスーパーまでお使いとか行ってるからめちゃくちゃ時間かかる。まあ元々都会っ子の奈央には分からないのだろう。言いたいことをぐっと飲み込んで、謝罪の言葉だけ送った。  時間を潰そうとしただけなのに、ものすごく疲弊した。もう寝てしまおうか。しかし自分の自由になる時間は寝る前のこの時間しかないのだ。もったいなく思って、主に写真をアップするためのSNSを覗いた。俺はそんなに写真をネットにアップしたり等はしないが、今時の若者は撮った写真をすぐに皆と共有したくなるものではないだろうか。その点でも弥生は異質だよなあ。などと思いながらSNSを巡回していると、奈央のアカウントが目に入った。結構高級なイタリアンのランチに行ったようだ。楽しんでるじゃん、と思ったのもつかの間。奈央の頼んだ料理の向かいには、ごつい時計をした明らかに男性のものと思われる腕が写りこんでいた。思わずため息がこぼれる。まあ関係は順調とは言えなかったけど、こんな形で裏切りを知るのか。これはSNS社会の弊害かなーなどと遠い目をしながら、奈央に『SNS見た』というメッセージだけ送り、ふて寝をすることにした。  手軽に写真が撮れて、手軽に共有できるからああいう迂闊な写真が撮れてしまって、気づかずに簡単にインターネットで共有できてしまうのだ。その点で言うと、弥生は一枚一枚「これだ」と感じた瞬間を切り取ろうとしているように思う。どちらがいいと一概に言えるとは思わない。しかしなぜ弥生はこの時代にフィルムカメラを選ぶのだろう。そんなことをとりとめもなく考えながら、俺は次第に眠りに落ちていった。 「大変なの!」  翌日、朝から弥生の大きな声でたたき起こされた俺は、重いまぶたをこすりながら「どうした」とだけ返事をした。 「寝てる場合じゃないのよ、写真が撮れなくなっちゃった!」 「は? カメラ壊れたのか?」 「分からない……ちょっと見てくれない?」  俺で分かるものだろうか、と思いながらカメラを見る。とりあえず一度シャッターを切ってみたが、シャッターボタンがいやに軽い。シャッターを切る音も弱い。不審に思いながらフィルムの巻き上げをしたが、フィルムが巻き上げられている感覚が一切ない。よし、原因がなんとなく分かった。 「これフィルム切れてるだけだ」 「フィルムが、切れる?」 「フィルム1本で撮りきれる分全部使っちゃったってこと。フィルム変えれば普通に動くと思うよ」 「よかったー。うん? てことは?」 「そう、現像に出さなきゃだな」 「やったー! やっと見られるのね!」  弥生はカメラを抱きしめたまま踊り出さんばかりの勢いで喜んだ。早朝から元気なものだ。快晴の陽気と超元気な子ども、二重の意味でまぶしい。よかったよかったとばかりに布団に戻ろうとしたが、カメラの裏の蓋を開けようとしている弥生を見て一気に目が覚めた。 「ちょっと待て!」 「だってここにフィルムが入ってるんだもん。開けなきゃ出せないよ」 「不用意に開けると光が入って感光すんだよ。写真全部真っ暗になるぞ」  俺の言葉のどこに笑う要素があったのか分からないが、弥生は笑い転げだした。「台無しじゃん」という言葉だけは聞き取れたが、たいそう何かが面白かったらしい。 「まあ現像してくれるところでフィルムの交換も頼もう」 「うん! ……ところで、どこで現像ってしてくれるの」 「……写真館とか?」  朝食を食べながらそんな話をしていると、祖母がうーんと唸って、町の写真館が閉店してしまったことを教えてくれた。どうしようかと思ってスマホで調べると、少し遠くにあるショッピングセンターの中にフィルムカメラの現像もできるカメラ屋があるとのことだった。しかも現像は最短1時間でできるらしい。ショッピングセンターであれば昼食挟めば1時間くらい簡単に潰せるし、二度もショッピングセンターへの道を車で往復せずにすむのは本当にありがたい。運転は苦手ではないが、雪道の運転はまた話が違う。 「じゃあ、今度の休みにショッピングモールまで昼飯かねて行くか」 「おにいちゃん、今日休みだよ?」  ずっと休みだったから曜日感覚が狂っていたらしい。今日は土曜日だった。「じゃあ今日行こう」と言うと、弥生は「分かった!」と大きな声で言って部屋へ引っ込んだ。準備があるのだろう。俺も支度をしようと思って朝食の食器を片付けていると、さっき部屋へ消えたばかりの弥生がもう部屋から転がるように出てきた。 「すぐ行こう!」 「片付けの方が先ですー」
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