失恋登山

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失恋登山

 どうして人は山に登るんだろう?  そんな疲れること、どうしてするのって私も思ってた。  好きだった人が「登ろう」って言ったから。 「山頂で飲むコーヒーは最高だよ」って言ったから。 「夫婦で山に登るって素敵だよね」と言ったから。  それは彼が、私達の将来を想像しての言葉だと思っていた。だけど、彼と一緒に山に登る願いは叶わなかった。  2年付き合って、この人と結婚したいと強く思うようになっていたのに。  30歳の誕生日の一週間前、彼が結婚していることを知った。2人目が生まれたばかりということも。  私は部屋に閉じこもり、彼に選んでもらったえんじ色の登山靴を思い切り壁に投げつけた。  丈夫な靴底が、ガコンと大きな音を立てた。  私が投げたくらいじゃ、びくともしない。  腹が立つくらい頑丈な、真新しい登山靴。  部屋にいたら頭がおかしくなりそうだった。 「山か……」  私が知っている山は、富士山くらいしかない。  いや、もう一つ知ってる山があったっけ。 「山の名前、いくつ知ってる?」 「あ、あそこなら知ってるよ、京王線の駅がある――なんだっけ」
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