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「あ、富士山! ……かな?」
山嶺の奥に一際目立つ台形の山が見える。白く積もった冠雪。堂々とした雄大な景色に、なんだか涙が出そうになる。
「正解! あれが富士山」
声を掛けられて、驚いて振り向くと、さっき展望台で出会ったご夫婦だった。
「ほんと、すっごく綺麗ですね」
「ほら、あっちは横浜ね。ベイブリッジは……残念、今日は霞んでるなぁ」
あんなに小さく見える街にいったい何百万人が暮らしているんだろう。私の悩みが、なんだかとってもちっぽけな物に思えてくる。
春ちゃんが言っていた「高尾山に登る、年間60万人の独身男性」の話を思い出した。こうやって見下ろしている街のどこかにも、私にとっての「いい人」がいるのかもしれない。
「いやしかし、おにぎりもいいけど、こんな寒い日はとろろそばに限るね」
おじさんがしみじみとこぼす。
なるほど、確かに。あったかいおそば、美味しそう。
***
「ほああ」
汁までしっかり飲み干すと、体がほぐれて血液が温まるのを感じる。結局、ご夫婦についていって一緒にお茶屋でおそばを食べることにしたのだった。
「最近は、一人登山が流行ってるんでしょう?」
奥さんが私ににこやかにたずねてくる。
「いえ、私は思いつきで来たので。それに山のふもとで女の子と知り合って一緒に登ってきたので、すごく楽しかったです」
「女の子がいたの? 全然気付かなかったわ」
おばさんはおじさんと不思議そうに顔を見合わせた。
「きっといたけど目に入ってなかったのね。最近目が悪くなって、やだわ」
汗をかいて山に登り、腹がへって飯を食らう。
なんて人間らしい過ごし方なんだろう。
帰りはおじさん達の、「山談義」を聞きながらのんびり歩いて下山した。
下山した頃には、すっかり東京近郊の山の名前を覚えてしまっていた。次は筑波山に登ってみようかな。
「自分の好きな山に登ってくださいね」
春ちゃんの言っていた意味が分かってきた。
山ってきっと、例えなんだ。
「結婚」という山も、「人生」という山もある。
きっとご夫婦みたいに、「結婚生活」という山もある。
自分の選んだ好きな山に登る、それがきっと生きるってことなんだろう。
登りきってどう思うかも自分次第、自由なんだから。
そう、私は自由になったんだ――。
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