2月の高尾山

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「展望台に着きました。何か食べるもの持ってきました? ちょっとだけエネルギーを補給した方がいいですね」 春ちゃんが展望台といった場所は、ベンチがあり景色が望める広場だった。何組かの登山客が腰を下ろして、休憩をしているようだ。 時刻は9時10分。まだ歩き始めて1時間も経っていない。 あんなに階段を登ったのに! 私は乱暴にザックからアーモンドチョコレートを取り出すと、3個連続で口に放り込んだ。濃い甘さが体に心地良い。 「半分くらいまでは来ましたよ。高度はわりと稼いだので、あと半分、一気に行きましょうか」春ちゃんはあっさりと告げた。 まだ半分、もう半分。考え方によってずいぶん印象が変わる。 私は3日後に30歳になる。90歳まで生きるとして、3分の1まで生きたことになる。あと残り60年。まだ先は長いってことなのだろうか。 「あっちは新宿方面だよ。冬はやっぱり空気が澄んでいて綺麗に見えるね」 展望台で考えこんでいると、熱心に景色を見ていると思われたのか、おじさんが親切に教えてくれた。へーあのビルの集団は新宿だったのか。 おじさんは、年に何度も高尾山に登っているらしい。30回を超えたあたりで数えるのはやめてしまったそうだ。 「これ家でなったみかんなんだけど、食べる?」 おじさんはリュックから小さなみかんをくれた。「あんた、そんなもの押し売りして」と奥さんに怒られていたが、私はお礼を言って受けとった。 「お先に」 二人は颯爽と木々の中へと消えていく。あんな風に夫婦で山登りできるって羨ましいな。 誰かと出会って結婚して、同じ趣味を共に楽しむ。 私にとってはそれが高く険しい、ヒマラヤの頂上のように思える。 「いやいや、今日の目標は高尾山! ヒマラヤなんて考えない!」 私は春ちゃんが座っているベンチへと大股で戻って行った。
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