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木々に囲まれた、なだらかな上り坂が続く。
地面に積もる木の葉のカサカサという乾いた音が耳に心地良い。
冬の景色は少しだけさみしいけれど、空気が澄んでいて体の細胞が取り込んでいる酸素がすべて入れ替わるかのようだった。
前を歩く春ちゃんは、私のペースに合わせてゆっくりと登っていく。
きっと春ちゃんなら、走ってでも登れる道なのだろう。まったくといって息も歩幅も姿勢も乱れることがない。
「真希さんはどうして高尾山に登ろうって思ったんですか」
春ちゃんは素直に聞いてきた。
私はすんなりと洗いざらいを吐き出した。
不思議と涙は出なかった。さっき泣いたばかりからかもしれないけれど。
「失恋したから、山に来た。そう、いうなれば失恋登山かな」
「失恋登山!」
春ちゃんは、私の話に面食らっていたみたいだった。
「そんなことあるんですね、私、あんまり経験なくて」
「まだまだこれから、たくさん恋愛できるじゃん! でも、私みたいに変なのに引っかからないように注意した方がいいよ!」
はあはあと、私は息も絶え絶えに答えた。なんだか情けない気もしたけれど、私は誰かに自分の体験を、聞いて欲しかったんだ。
春ちゃんは小さく笑うと、こんな話をした。
「高尾山は、年間250万人も登るらしいです。その中で、半分は男性、そのうち半分は独身と仮定したら――60万人は独身男性ですよ。けっこう多いと思いませんか」
「えっ!! 250万人も登ってるの? すごーい。そっかあ、それなら誰かにいい人に出会えるかもね。また違う日に来ようかな」
大学生らしい春ちゃんの励ましが、なんだかくすぐったかった。春を待つ桜のつぼみがふくらむみたいに私の心を包み込んでくれた。
「高尾山もいいですけど、他の山もぜひ登ってみてください。有名な山じゃなくてもいいんです。自分が気になる、登ってみたい山に行ってみてください」
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