回想

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降り積もる、怒り。 降り積もる、苛立ち。 降り積もる、不快感。 降り積もる小さな猜疑心。 降り積もる小さな不満。 それらをいつも自己嫌悪で蓋をした。 降り積もるそれはまだまだあふれる様子もなかったから。 目を逸らすことなんて容易だった。 息子が産まれてから、リチェは家事がおろそかになってしまった。とうにかしようとするが、やはりうまく行かず家が散らかるばかり。もともとマルチタスクに向いていないのだ。 ものが散乱した部屋でなんとか息子を寝かせたあとに帰ってくる夫は荒れ果てた家を見てリチェにいつも呆れた視線を向けてくる。これぐらいもできないのか?と 言い返したいのをぐっと我慢した。 悪いのはうまく動けない自分だからと。 「掃除ぐらいしろよ、母親だろ?子供をこんな汚ねぇ部屋に置いとくなよな〜」 「めしもさ、用意しといてくれよ。頼むから、残業してクタクタなんだよ、こっちは」 スェハは嫌味のつもりでもなかったのだろう。 起こっていたわけでもなく、本当に軽く、”何も考えずに思ったことをそのまま”風船ガムみたいに口に出した。 でも、それでも不満げながらも中途半端になった家事を行った。 手を付けられなかった料理もスェハは「俺がやったほうが早いわ」と手際よくつくって食べさせてくれるから。 そこに子供が食べられるものがなくても。 後片付けはしてくれなくても。 リチェは子育てに積極的協力してくれないことから目を逸らした。 子供にさほど興味を抱いてくれない様子に抱いた怒りを胸にしまいこんだ。 降り積もる不信感。 降り積もる、怒り。 長い家庭生活のあいだにたくさんたくさん。 悪意はなく害意もない言葉がっぷり詰まって。 ふりそそいだ。 「リチェそれ本気で言ってんのか?お前誰の金で暮らしてると思ってるだよ!」 「頼むから俺の母さんの介護ぐらいしっかりやってくれよ!!俺の実家だって大変なんだから!」 「リチェのお母さんたちが大変なのはわかるけど、最近実家にいきすぎじやないか?子供も寂しそうだしさ。ちょっとは考えよう、な?」 降り積もったもの知らないふりをした。 目をそらして、耳をふさいだ。   降り注ぐものから必死に目をそらし続けた。 だって、幸福だった。永遠を誓った。 はじまりが思いがけないものだったとしても。 降り積もるものが幸福だっった時だってあったのだから。 あたたかだったそれを無為なものにしたくなかった。 その思いすら無駄になったけど。 降り積もったものが、堰き止めるものもなく、あの日、決壊した。
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