崩壊

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崩壊

「課長の奥さん、大丈夫なんですか?傍にいてあげなくて」 「あの女のことはいいの、いいの。上の子供が元気に育ってるからもう一人ぐらいけるかと思ったけどよ。産みぞこないやがって、ほんと役に立たない。産みにくい身体になったって。どうするんだよ。 母さんは女の子もほしいっていってたのにさ…」 「え、、いや、それは、ちょっとひどいんじゃ…」 リチェがスェハの忘れていったスマホを届けに向かったのは二人目の子を流産して半月ほどたった時のことだった。 家にこもっていても罪悪感とうつうつとした気持ちに押しつぶされそうで、夫の会社に忘れ物を届けるということを言い訳にして、久々に外にでた。 リチェは夫の顔が見たかった。 うまれてくることのなかった。二人目の子。 同じぐらい悲しんで、おもってくれているのはスェハしかいないと信じていたから。 受付で要件を告げると部下だという男性が案内をかってくれた。 「こちらですよ」扉の前で笑う青年は、扉をかすかにあけて、「あ…」と眉間にシワを寄せた。 どうかしたのだろうかと近づいたリチェの耳に キコエテキタノハオットのコトバは 降り積もるものは、なに スマホは案内してきてくれて部下の人に託して、リチェは。早々とその場から去った。案内人は複雑そうで苦虫を噛み潰したような表情をしていて、なにか言葉をいいかけたが、結局、形になる前にはリチェはその場から去っていた。 何も考えられなかった。 降り積もる、 降り積もるのは、 「別にあの女のことを特別好きだったわけじゃねえんだよな。ちいせぇころからの付き合いだから惰性で続いちまっただけで。あいつに気づかれたことないけど、二股かけてた時期けっこう長かったし」 「ちょっと、すーちゃん、それひどくな〜い??」 「でも、浮気を気づかれたことないんでしょ?どんだけ鈍いんだよって話だよね〜」 「結婚してやったのもさ。親が結婚しろってうるさかったからちょうどよかったんだよな。昔からの顔見知りでさ。家事はやってくれるし。いやー便利だわ。親の介護要員もほしかったし」 「う〜わ、スェハさん極悪ぅ〜」 「キャハハ!すーちゃんひっどーい!!」 「あいつだって、俺の金で養ってやってんだし、別にいいだろ?」   "親切な"スェハの"お友達"が聞かせてくれた夜のお店での会話。 きれいで若くて蝶のようなスェハのお友達は録音データが入ったチップを握らせて、真っ赤に引いたルージュの唇を歪ませて、去っていった。 スェハに買ってもらったのだと自慢気に笑っていた赤いロングコートを翻して。手には誕生日プレゼントだとあなたの夫から贈られてきたとたのよと笑った、いつぞやの日にリチェが欲しいなーと呟いたブランド物の高級バッグ。 あのときスェハは。 「あー、なら今度の給料日に俺が買ってやるよ、それ誕生日プレゼントな!」 臨月でお腹が大きくなって動きにくいリチェの代わりに水場で食器を洗っていたスェハは、リビングで雑誌の広告をみて呟いたリチェの願いを聞き取った。 「俺はよくわからんから一緒に買いに行こうな」 スェハは笑った。 リチェも笑っていた。 降り積もっていたものは間違いなく幸福だったのに。 リチェは結局何ももらっていない。 ほしいと願ったものは手に入らなかった。 なんでもよかったのに、スェハがくれるなら。 誕生日でさえ忘れられている。 プレゼントも贈られなくなってどれだけたったか。 降り積もる、降り積もる、降り積もる、 それをリチェは、 むりだった 目をそらすことも 耳をふさぐことも たしかにあった幸福な時間を守ることも もう、むりだった 降り積もって、愛がみえない。 降り積もる不信感が、猜疑心が、怒りが、苛立ちが。 降り積もる理不尽が、降り積もり続ける裏切りが。 降り積もったそれが愛も恋も消してしまった。 もう何も見えない。 リチェにわかるのは、胸に揺らめく冷たい感情。 ひえきった怒りという感情。 頭は冷静で。もうそれしかない、ではなく、もうそうするしかない、でもなく、とりあえず、そうしよう、と包丁に手を延ばして。 ふりつもって、 あふれた。 まだ眠ってスェハに、振りかざした。 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も何度もなんども
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