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「あぁ、それは、しっかりと拝んでいる人の顔が見たいからだよ。僕は君と違って記憶力がそこまでよくないから、参拝者の中から一人選んでいるんだ。まぁ、九割は女の子だけどね」
「だったら、普通に見ればいいじゃない」
「いや、だって、君がいるじゃないか。僕たちは、人と違って互いの姿が見えるから」
「そう……」
真那はもはや言葉を返す気にはならなかった。脳内で矛盾を探してみたが、どこにも見当たらない。
悔しいけれど、完敗だ。
人の顔を賽銭箱から覗くなんて、変態の所業と罵れなくもないが、やむを得ないと言えばそれまでだ。
なによりも、話を振り返るほど、至恋のいたたまれない境遇が心の奥に降りつもっていくのを感じていた。
「さぁ、行こうか」
「……うん」
神社への帰り道、真那はすっかり冷静さを取り戻していた。
チャリンチャリンと、隣から五円玉の音がする。口笛は、真那が好きだと言った楽曲だ。
そこに、あの得体の知れない気持ちがよみがえる。
実のところ、口笛は、聞いたこともない楽曲だ。それなのに、なぜか適当なことを言ってしまった。
そのうえ、なぜか至恋の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
『それは恋だよ、真那ちゃん──』
真那はこの不思議な気持ちの正体を少しでも探ろうと、至恋に問いかけた。
「それ、なんていう曲だっけ?」
「ん? これ?」
なぜか気まずく、恥ずかしそうな顔をした至恋に、真那は首をかしげた。
「うん。だから、それ。私も好きな楽曲」
「これ、実は……適当に吹いてるんだ」
──なんですって?
全身に熱がほとばしる。
なぜこの楽曲を好きと言ったのか、瞬時にその答えにたどり着いた。
そこから、次々と自分の心を紐解いていく。
一体いつから自分は、こんな気持ちになったのだろう。
そういえば最近、なぜだか眠りにつくのが遅くなっていた。眠れず、境内を散歩することが多い。
そのおかげで、今日、こうして出会いがあった。
毎日のように賽銭箱に潜んでいた恋愛の神様は、よく考えれば、いつも自分のすぐ近くにいたことになる。
それは、自分に御縁を与え続けていたのではないだろうか。
だとすれば、隣にいる至恋は──。
真那はかぶりを振った。結論を出すのには、まだ早い
まだまだ未熟な自分にとって、これは学んでいく必要がある。
そう、恋愛は、学問だ。
学問の神として、真那は至恋の「適当に吹いている」という言葉に、返してみた。
「じゃあ……気が合うんだね、私たち」
賽銭が詰まった袋から、チャリンチャリンという音が、鳴り響いた。
〈終〉
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