23人が本棚に入れています
本棚に追加
──それにしても、大胆な男だこと。
真那は男のあまりにも堂々とした姿に、怒りを通り越して感心してしまった。
決して人の気配などない時間帯ではあるが、口笛を吹きながら意気揚々と歩いていく。
袋が揺れるたび、チャリンチャリンと五円玉が触れ合う音がする。
──むしろ理にかなっているわ。
真那の頭はすぐさま男の本心を探り当てた。
コソコソしていては、かえって怪しい。あたりまえのように、日常的な行動を装うことが最善策だ。
しかしそれだけではない。今の時刻は夜の十時。
もし人が歩いているとするならば、ここは人口の少ない片田舎。少なからず警戒心を抱いているだろう。
明るい雰囲気を纏うことは、そこに安心感を与えることにも一役買うだろう。
その五円玉の音も、陽気で無害な人物像を印象づけることに違いない。
──この男、できる。その頭脳、もったいないことこの上なし。
頭を巡らせていると、道の向こうから、なにやら疲れ果てたような表情の女性が歩いてくる。暗がりの中でもわかるくらい、どんよりとした雰囲気だ。
昨今問題になっている、異常なまでの残業のせいだろうか。
こんな片田舎までその波にのまれようとしている。
これは憂うべきこと。自身の責任でもある。
社会人になっても学問は必要だ。
それを広める努力がまだまだ足りていない。
真那は女性の顔をしっかりと頭に焼き付けた。記憶力はまさに神の領域、決して忘れることはないだろう。
近いうちにこの女性の後をつける。
こってりと絞ってやるのだ。
この女性の勤め先に居座って、そこの経営者を、こってりと。
最初のコメントを投稿しよう!