学問の神様

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──それにしても、大胆な男だこと。  真那は男のあまりにも堂々とした姿に、怒りを通り越して感心してしまった。  決して人の気配などない時間帯ではあるが、口笛を吹きながら意気揚々と歩いていく。  袋が揺れるたび、チャリンチャリンと五円玉が触れ合う音がする。 ──むしろ理にかなっているわ。  真那の頭はすぐさま男の本心を探り当てた。  コソコソしていては、かえって怪しい。あたりまえのように、日常的な行動を装うことが最善策だ。  しかしそれだけではない。今の時刻は夜の十時。  もし人が歩いているとするならば、ここは人口の少ない片田舎。少なからず警戒心を抱いているだろう。  明るい雰囲気を纏うことは、そこに安心感を与えることにも一役買うだろう。  その五円玉の音も、陽気で無害な人物像を印象づけることに違いない。 ──この男、できる。その頭脳、もったいないことこの上なし。  頭を巡らせていると、道の向こうから、なにやら疲れ果てたような表情の女性が歩いてくる。暗がりの中でもわかるくらい、どんよりとした雰囲気だ。  昨今問題になっている、異常なまでの残業のせいだろうか。  こんな片田舎までその波にのまれようとしている。  これは憂うべきこと。自身の責任でもある。  社会人になっても学問は必要だ。  それを広める努力がまだまだ足りていない。  真那は女性の顔をしっかりと頭に焼き付けた。記憶力はまさに神の領域、決して忘れることはないだろう。  近いうちにこの女性の後をつける。  こってりと絞ってやるのだ。  この女性の勤め先に居座って、そこの経営者を、こってりと。
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