学問の神様

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 悔しいけれど、不可解だった。  真那はその知能をもってしてもたどり着けない答えに、もやもやしていた。  さきほどの女性は、賽銭泥棒の男とすれ違うと、身に纏う雰囲気が少し軽くなったのだ。  神といえども、人の心はまだまだわからないことが多い。  暗い夜道に響くチャリンチャリンという音、そして明るい口笛。  音色が人の心にどのような色彩をもたらすかは、ある程度までは把握できている。  しかし、人の心のキャンバスは千差万別だ。そのうえ条件次第で、いとも簡単に形や厚み、地の色さえも変化する。  加えて、昨今の音楽創作者たちの急激な増加。矢継ぎ早に生み出される楽曲。その者たちも、同じく千差万別──。  やはり改名すべきだ。これは学問だ。 『音楽』ではなく、『音学』に。『楽曲』ではなく、『学曲』に──。    ひとつの結論に至った真那は、ふと我に返ると、男との距離が随分遠くなってしまっていることに気が付いた。  慌てて小走りになった真那の目線の先で、男が細い道へと曲がっていく。 ──逃がさないわよ。  真那も男が曲がった方へカーブを切ったが、その瞬間、ドンっという音と顔に走る衝撃に、うずくまった。  ぶつかった際に一瞬聞こえた、チャリンという音。  それは紛れもなく、賽銭の詰まった袋の音だった。
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