23人が本棚に入れています
本棚に追加
悔しいけれど、不可解だった。
真那はその知能をもってしてもたどり着けない答えに、もやもやしていた。
さきほどの女性は、賽銭泥棒の男とすれ違うと、身に纏う雰囲気が少し軽くなったのだ。
神といえども、人の心はまだまだわからないことが多い。
暗い夜道に響くチャリンチャリンという音、そして明るい口笛。
音色が人の心にどのような色彩をもたらすかは、ある程度までは把握できている。
しかし、人の心のキャンバスは千差万別だ。そのうえ条件次第で、いとも簡単に形や厚み、地の色さえも変化する。
加えて、昨今の音楽創作者たちの急激な増加。矢継ぎ早に生み出される楽曲。その者たちも、同じく千差万別──。
やはり改名すべきだ。これは学問だ。
『音楽』ではなく、『音学』に。『楽曲』ではなく、『学曲』に──。
ひとつの結論に至った真那は、ふと我に返ると、男との距離が随分遠くなってしまっていることに気が付いた。
慌てて小走りになった真那の目線の先で、男が細い道へと曲がっていく。
──逃がさないわよ。
真那も男が曲がった方へカーブを切ったが、その瞬間、ドンっという音と顔に走る衝撃に、うずくまった。
ぶつかった際に一瞬聞こえた、チャリンという音。
それは紛れもなく、賽銭の詰まった袋の音だった。
最初のコメントを投稿しよう!