学問の神様

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 選択肢は二つあった。  一つ目は人間としての行動を振る舞うこと。  二つ目はこの場で神として、こってりと絞ってやること。  真那に、迷いはなかった。 「ご、ごめんなさい! 私ったら」 「ん? あぁ、こちらこそ」  この場でなにかをしたところで、それは一時的なことに過ぎない。一夜漬けのような教えは、根付かない。  時間をかけて、じっくりと記憶の奥に種を植え付けてこそ、学問は強く、たくましく、美しく、花ひらく。  それは逆も然り。  すでに育ってしまった罪の花は、その花だけをむしり取っても、また少しずつ養分を蓄えて、蕾を膨らませる。  幾重にも枝を伸ばし、茎は太くなり、やがて幹となる。  大切なことは文字通り、根絶だ。  根を断ち、真っさらな土壌を作ることからはじまる学問は、この世の全ての養分を吸い上げる。  それは人生という名の学問。  そう、生きているだけで、丸勉強──。 「え?」  思いを馳せていた真那の前髪を、優しく愛でるように男が掻き上げる。  吸い込まれるような瞳で真那の額を見つめると、筋の通った鼻の下にある少し尖った唇が、微笑みかける。 「大丈夫かい? 怪我はなかったかな?」  真那の心の奥底に、サラサラと美しい砂が降りつもる。 「だ、大丈夫です」  その真っさらな土壌の上に、一粒の種がひらひらと舞い落ちていった。
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