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そそくさとその場を去ろうとする真那の前に、男の腕が伸びる。
「待って、今いいところなんだ」
男の真剣な声に、真那は立ち止まった。一歩下がり、男の背中に隠れるように身を置くと、男の視線の先を辿る。
オレンジ色の街灯の下に、二つの影が見える。
「あっ……」
思わず口に手を当てた。
一人はスーツを着た男性、その向かいでなにやら、もじもじとしている女性は、先ほどすれ違った女性だ。
──早く寝なさいよ。
咄嗟に真那の脳内が活性化した。
学問に睡眠は必要不可欠だ。
時々夜更かしが得意などと言って、夜になってから勉強をはじめる者もいるが、愚かなことこの上なし。
たしかに夜の静寂と集中力は比例する。
しかしそれはある種の中毒症状のようなものでもある。
その環境でしか、できない人間を作り上げてしまうのだ。
それではダメだ。
明るい日差し、陽気な空気、日々の喧騒の中で、集中力そのものを高めるのだ。
そうすれば、隅々まで目が行き届き、新しい発見に気がついていく。
暗い中では、そこにある光しか見えない。
それを見続けることで、集中していると脳が錯覚を起こしているのだ。
──学問の世界は、そんなに狭くはないのよ。
「見てごらん」
「え?」
男の声に真那は我に帰ると、街灯の方へと目をやった。
スーツ姿の男性が、女性の両肩に手を当てると、そのまま二人とも、ゆっくりとうなずき合う。
やがて顔同士が、距離を縮めていく──。
それは夜の街灯が照らし出す、ごくわずかな狭い世界だった。
オレンジ色のあたたかい光は、セピア色の照明のように2人を浮かび上がらせていた。
「いつまで見てるの?」
「い、いや、見てなんか……」
慌てふためく真那に、男は笑いかける。
「ずっと見ていたくなるよね。でも野暮なことはこの辺にしておいて、僕たちは、行こう?」
「う、うん」
真那と男は、逆方向の暗い夜道へと足を進めた。
男に自然と歩調を合わせた真那の脳内は、ずっと一緒に居たかのような錯覚を起こしていた。
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