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──この感情は、なにかしら……?
真那は自問自答を繰り返していた。
男は一言も発さずに、ただひょうひょうと夜道を歩く。その横を歩いているだけで、心の奥になにかが降りつもる。
落ち着かせようと必死にジタバタともがくほど、体は熱くなり、全身を伝う汗がそこへ降り注ぐ。
やがてそれは、得体の知れないなにかを芽吹かせる。
時刻は夜の十一時を過ぎようとしていた。
本来ならば、眠りについている時間だ。それなのに、未だかつてないくらいに脳が冴えている。
「あの……」
「ん?」
「どこへ……連れて行ってくれるんですか?」
しかし冴えわたる頭の中は、意図しない言葉を生み出していた。
男はチラッと真那を見つめると、口元に笑みを浮かべた。
「どこがいい?」
「いや、どこでも……」
「そっか、じゃあ、寄り道してみよう」
向かった先は、まばらな民家の明かりが灯る小さな集落だった。
その中を歩いていると、無言でやや俯きながら歩く真那の隣で、男は口笛を吹きはじめた。
賽銭が詰まった袋から、チャリンチャリンという音が鳴り続ける。
「あの、その楽曲……」
「ん?」
「いや、私も……好きなんです」
「そうなんだ。気が合うね、僕たち」
「え?」
真那の全身の血液が、沸騰しそうなほど熱くなった。
それを冷まそうと、両手をひらひらさせて、顔に夜風を当てる。
そこへ男が、無言で腕を伸ばす。
ビクッとして立ち止まった真那は、ゆっくりと視線をあげた。
──あ……あれ?
男は明かりの灯る民家の二階を見上げていた。
玄関先に、学生のものらしき自転車が停めてある。
どうやら腕は、真那を立ち止まらせるために伸ばしたようだった。
急激に熱の冷めた真那の脳内に、睡眠と学問の関係性が浮かび上がる。
「こんな時間まで……」
「君だって、起きてるじゃないの」
「それは……」
「それは?」
「えっと……」
口ごもる真那を前に、男は微笑みかけた。
「それは恋だよ、真那ちゃん」
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