2. 無題

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「……うん。つまりね、忘れられた記憶とか夢、感情とかって頭の中で消されている訳じゃ無い。闇に紛れて胡散して世界に溶けているんだ。残留思念とでも言うのかな。世界は人間が文明を築いていく過程でそういった思念を貯め込んでいるらしいんだ。丁度、熱帯雨林の洞窟でコウモリの糞が、長い年月をかけて蓄積して硝石になるみたいにさ。栄養豊富な土壌があれば、後は些細なきっかけで生命が誕生する。自然な流れだ。そのきっかけってのは俺も良く分からないけど、特別な事でもないんじゃない? ここにいると結構な確率で同族に会うから」 「詳しいのね。その理屈は貴方が考えたの?」 「いや、又聞きの知識だよ。親切なお爺さんが憐れんで、色々教えてくれてね。それまで俺は何も知らないで、馬鹿みたいに烏の豆粒みたいな夢を食べて、食いつないでたんだ」  樹理は烏の群れに紛れて豆をむさぼる秋山の姿を想像してみる。 「ふうん。大変だったのね」  ──私なら話しかけないな。 「大変だったんだよ」 「それで、秋山は葬式で残留思念を食べる為に待っていたの?」 「モチロン、それもある。葬式っていうのは死者を弔う事だけじゃなく、故人への思いや記憶に一区切りつける為の儀式としての側面があるみたいなんだ。だから葬式が終わる度に大量の残留思念が出来上がる」
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