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それから、私は幽霊の世界を目一杯堪能した。
葬儀場に散らばった綿飴みたいな残留思念を集めて齧ってみたり、桜舞い散る夕暮れの公園に幽霊のお爺さんに会いに行ったり、秋山と空を飛ぶ練習をしてみたり。
これらの場面は私が昔、頭の中で想像していたものだ。それが一ミリも欠ける事無く、元の形を保っている。楽しいはずなのに、この光景を眺めていると、何故か胸の奥がきゅっと締め付けられる。
私が書くと、こうはいかない。私が物語を紡ごうとすると、煌めいて見えていたアイディアは途端に色褪せて形を変えてしまう。
物語の奥深くに読者に届けたい想いが秘められていても、当時の私はそれを正確に伝える術を持たなかった。文章を書き進める度に、私の両手からは、たくさんの物が砂みたいに零れ落ちていく。
それは今でも変わらない。……だから、私は小説を書くのを辞めてしまった。私の目には、この世界はとても魅力的で優しく映る。でも、それが本物なのか私には確証が持てない。隣にいる秋山だって、役を演じているだけなのかもしれない。
そして、今も私は樹里のフリをして、ずっと彼を騙している。
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