3. コンプレックス

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「あれが君の部屋?」  私の手を引く秋山の声に、意識を呼び戻される。長く薄暗い廊下を私は歩いていた。遠くに光が見える。鍵をかけた扉が少し開いていて、灯りが漏れている。  あれは、現実の私が眠っているはずの部屋だ。  辺りは物音一つ無くて、慣れ親しんだ場所なのに、まるで赤の他人の家みたいに思える。暗闇を進む足は、気持ちに呼応するみたいに重く冷たい。秋山の問いに、私はゆっくりと頷いた。 「不安かい?」 「……違うの。ごめんなさい、秋山。私、あなたに謝らないといけない事が沢山あるの」 私は息を吸って、言葉を絞り出す。 「実際の私はね、主人公でもなんでも無いの。こんなに可愛くもないし、魅力的でもない。あなたに親切にしてもらう価値なんてないの。秋山も、本当は投げ出した私の事を恨んでいるでしょ?」  秋山は少し驚いた顔で、何かを考えているみたいだった。 「ごめんね。こんな事、急に言っても訳わかんないよね」  私は怖くて、彼の顔を見る事が出来なくて、視線を落とす。
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