3. コンプレックス

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「ファン? 秋山が?」 「駄目、かな?」 「ううん。凄く嬉しい」  私は泣き顔を誤魔化す為に、両手の人差し指で無理やり笑顔を作る。 「ほら、やっぱり笑ってる方が可愛いよ。ねぇ、君の本当の名前を教えてくれないか?」  私は秋山の顔を見て、自分の名前を彼に告げた。秋山は発音を確かめるみたいに、何度か私の名前を呟いて、微笑んだ。 「(しおり)か。うん、いい名前だね。初めて、等身大の君の姿を見れた気がする。最後に知れて良かったよ」 「最後?」 「栞、君はあの部屋に忘れ物があるんだろ?」  秋山は遠くに見える私の部屋を指差す。 「……うん」 「俺はあそこには行けない。俺は、この世界の住人だから」 「……分かってる」 「大丈夫。たとえ姿形が見えなくなっても俺がついてるよ。ちょっと頼りないかもしれないけどさ」 秋山の姿が薄くなっていく。 「待って! 頼りなくないよ! だから、まだ消えないで!」 「心配しないで。栞、俺たちはいつだって会える。君にはその力がある。そうだろ?」  私は、また泣き出しそうになるのを我慢しながら、頷いた。 「だから、さよならは言わないよ。またね」 「うん。また!」  そう言い残すと、秋山は黒い靄になって私の体に溶け込んだ。誰も居なくなった暗闇に「ありがとう」と呟いてから、私は灯りの漏れる部屋に向けて歩き出した。  いつの間にか、私の体はどこまでも走っていけるくらい軽くなっている。
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