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「ファン? 秋山が?」
「駄目、かな?」
「ううん。凄く嬉しい」
私は泣き顔を誤魔化す為に、両手の人差し指で無理やり笑顔を作る。
「ほら、やっぱり笑ってる方が可愛いよ。ねぇ、君の本当の名前を教えてくれないか?」
私は秋山の顔を見て、自分の名前を彼に告げた。秋山は発音を確かめるみたいに、何度か私の名前を呟いて、微笑んだ。
「栞か。うん、いい名前だね。初めて、等身大の君の姿を見れた気がする。最後に知れて良かったよ」
「最後?」
「栞、君はあの部屋に忘れ物があるんだろ?」
秋山は遠くに見える私の部屋を指差す。
「……うん」
「俺はあそこには行けない。俺は、この世界の住人だから」
「……分かってる」
「大丈夫。たとえ姿形が見えなくなっても俺がついてるよ。ちょっと頼りないかもしれないけどさ」
秋山の姿が薄くなっていく。
「待って! 頼りなくないよ! だから、まだ消えないで!」
「心配しないで。栞、俺たちはいつだって会える。君にはその力がある。そうだろ?」
私は、また泣き出しそうになるのを我慢しながら、頷いた。
「だから、さよならは言わないよ。またね」
「うん。また!」
そう言い残すと、秋山は黒い靄になって私の体に溶け込んだ。誰も居なくなった暗闇に「ありがとう」と呟いてから、私は灯りの漏れる部屋に向けて歩き出した。
いつの間にか、私の体はどこまでも走っていけるくらい軽くなっている。
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