1. 忘れていたもの

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「姉ちゃん、急に早口になるからビビる」  少し顔を赤くしながら、わざとらしく咳払いをして誤魔化す。 「とにかく! 私が書いてたのはそういう小説だし。諒くんには合わないと思うな」 「一つくらい、ハッピーエンドの話、無いの?」 「無いって」  (いぶか)しそうな弟の視線が突き刺さる。気まずい沈黙。視線を泳がすと、壁に掛けられた時計が目に入る。時刻はもう午後9時を回っていた。 「それよりお姉ちゃん、大学のお勉強しなくちゃいけないんだ。諒くんも、そろそろお風呂入らないといけないんじゃない? 明日土曜日だし、朝練の日でしょ?」 「えー。露骨に話題逸らすじゃん。……たしかにそうだけどさー」 「でしょ? ほらほら、お風呂の時間だよ。自分の部屋に帰った帰った」  そう言いながら、私は弟の手を掴んで部屋の外で追いやる。 「じゃあさ。新しい小説書いたら、読ませてよ」 「はいはい。書いたらね」  生返事をしながら、私は部屋の扉を閉じて鍵を掛けた。本当は読ませる気なんて、これっぽっちも無い。当たり前だ。  
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