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2. 無題
『焼香の煙が漂う室内で、少し大きめの制服を着た少女が胡坐を掻きながら、一連の宗教儀式を眺めている。彼女の父は昨日眠れなかったのか目の下に隈を作り、やつれた顔で喪主を務めていた。
葬儀には少女の進学用に貯められた貯金が使われたようだ。割と金のかかった豪勢なモノで、祭壇は色鮮やかな供花で埋め尽くされ、お坊さんが無駄に三人もいる。一番得の高そうな金の袈裟を着た老人が一連の進行を行い、残りの若手二人がお経に合わせて大きな木魚や銅鑼を叩いていた。
少女の両親や妹、親戚一同や仲の良いクラスメイト達が、神妙な面持ちで座っている。彼女にとって縁の遠い人達も多くいた。少女は棺桶の中に横たわる遺体の頬を撫でるが、それは硬く引き締まっていて人形みたいに思える。
──確か、これは殆ど面識の無い、遠い親戚の葬式に出た後に書いた文章だ。
棺桶の横に座り直して、冷たくなった額を左手で触りながら、少女は確認するみたいに一人一人の顔を眺めている。そんな中、明らかに場違いな男がいて、彼女の視線が止まった。
顔は彫りが深く、顎全体に無精ひげが生えている。髪はボサボサで清潔感が感じられない。そして服装が最悪だ。全身黒のタイツに鳥の羽が縫い付けられたマントを羽織って、お経に合わせてリズムを取っているのか、小刻みに揺れている。揺れる度に黒い羽がひらひらと落ちた。
これが少女の夢だとしても、彼は明らかな変質者で、些か突飛なコスチュームだ。夢とは、寝ている最中に記憶が整理される過程で作られると、何処かで聞いた知識を彼女は思い出す。
でも、あんな奇妙な恰好を少女は見た事が無いし、彼女の頭の中で作り出された人物にしては落ち着きがない。少なくとも普段の少女なら気付かない振りをして、関わらないタイプの人物だ。
──この変質者のモデルは、間違いなくあの人だ。こんなキャラクターにされているのを知ったら、彼は怒るだろうか。
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