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少女は祭壇から飛び降りて、正座している人々の間をすり抜ける。その足取りは軽い。彼女は変質者の肩を叩いて、「こんにちは」と声を掛けた。男は表情を変えず、小さく会釈をした。
少女にとっては、ちょっとは気まずそうな表情をしてくれた方がやりやすいのだが。一筋縄ではいかなそうだ。
「不躾な質問で恐縮なんだけど、あなた誰? 今まで会った事ある?」
「多分無いだろうね」
老人の読経の声が部屋に響いていて、少しうるさい。
「色々聞きたい話があるんだけど、いいかな?」
「俺が答えられる事であれば」
「貴方、もしかして死神ってヤツ?」
「そんな大層なモノじゃない。おたくと同類」
「つまり?」
「幽霊。ゴーストってヤツだよ」
「私、死んだつもりは無いんだけど」
「死んだ奴は皆そう言うんだよ。俺も昔似たような事を言ったな」
男は笑ったが、その笑い声は銅鑼の音でかき消された。吊り上がった表情筋だけが行き場を失った様に、其処に佇んでいた。男は両手で頬を揉み、無表情に戻した。
「ところで、ひとつ提案があるんだ」
「どうぞ」
「ここは会話するには、どう考えても不向きだろ。場所を変えないか? もちろん君の葬式だし、君が全て聞きたいなら俺は待つけど。どうせ暇なんだ」
「別にいい。そろそろ、飽きてきたし」
「オーケー。なら、屋上で話そう。今日は天気がいい」
変質者は機敏な動作で立ち上がり、黒い靄となって天井をすり抜けた。黒い羽だけがその場に残った。羽を拾い上げ、天井を眺める。小さくジャンプしてみるが、飛べそうな気配は無い。
「最近の変質者は凄いな、全く……。屋上、ね」
羽をポケットに入れ、少女は足早に葬儀場を後にする。扉を開ける時にギィィと大きな音が鳴ったが、誰ひとり気付いた様子は無かった。
──私も彼女の後ろをついて行く。
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