2. 無題

2/7
前へ
/25ページ
次へ
 少女は祭壇から飛び降りて、正座している人々の間をすり抜ける。その足取りは軽い。彼女は変質者の肩を叩いて、「こんにちは」と声を掛けた。男は表情を変えず、小さく会釈をした。  少女にとっては、ちょっとは気まずそうな表情をしてくれた方がやりやすいのだが。一筋縄ではいかなそうだ。 「不躾な質問で恐縮なんだけど、あなた誰? 今まで会った事ある?」 「多分無いだろうね」  老人の読経の声が部屋に響いていて、少しうるさい。 「色々聞きたい話があるんだけど、いいかな?」 「俺が答えられる事であれば」 「貴方、もしかして死神ってヤツ?」 「そんな大層なモノじゃない。おたくと同類」 「つまり?」 「幽霊。ゴーストってヤツだよ」 「私、死んだつもりは無いんだけど」 「死んだ奴は皆そう言うんだよ。俺も昔似たような事を言ったな」  男は笑ったが、その笑い声は銅鑼(どら)の音でかき消された。吊り上がった表情筋だけが行き場を失った様に、其処(そこ)に佇んでいた。男は両手で頬を揉み、無表情に戻した。 「ところで、ひとつ提案があるんだ」 「どうぞ」 「ここは会話するには、どう考えても不向きだろ。場所を変えないか? もちろん君の葬式だし、君が全て聞きたいなら俺は待つけど。どうせ暇なんだ」 「別にいい。そろそろ、飽きてきたし」 「オーケー。なら、屋上で話そう。今日は天気がいい」  変質者は機敏な動作で立ち上がり、黒い(もや)となって天井をすり抜けた。黒い羽だけがその場に残った。羽を拾い上げ、天井を眺める。小さくジャンプしてみるが、飛べそうな気配は無い。 「最近の変質者は凄いな、全く……。屋上、ね」  羽をポケットに入れ、少女は足早に葬儀場を後にする。扉を開ける時にギィィと大きな音が鳴ったが、誰ひとり気付いた様子は無かった。          ──私も彼女の後ろをついて行く。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加