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出会わなければ、どこかの知らない女の子が何かの病気で死んでしまうなんて、永遠に知らないままだったんだ。
この瞬間にも世界のどこかで知らない人の命が消えている。でもその知らない誰かの死をひとりひとり悲しんでいたら、私の心は窒息して苦しくなって、いつか壊れてしまうだろう。
「何月何日何時何分何十秒地球が何回まわった日にあたしが死ぬのかはわからないから、適当に待ってて。ま、新聞のお悔やみの欄でも毎日確認しておいてよ」
出会い頭に告げられた衝撃的な事実に、私は言葉を失った。
グラスに入ったオレンジジュースをストローで飲むこの女の子は、数ヶ月しないうちに死んでしまうらしい。3日前までは知らない誰かのうちのひとりだった。名前は、沙羅という。
「人生バンクの人から連絡いくと思うしね。もうあたしの代わりとして生きていいですよって。タイミングって大事だし、後のことは上手くやってちょうだい。上手くいかなくてもあたしは死んでるからどうこう言えないけどね」
隣の隣の隣町の来たこともないファミリーレストランで彼女と会った。宵ノ口さんを介してお互いの連絡先を交換し、3日前くらいからSNSでやり取りをして、今日の昼に待ち合わせをしたのだ。しかし他に客が大勢いるこの場所では大きな声で話せない内容だった。
せっかく注文したサンドウィッチなのに、味がしない。お腹は空いているはずなのに進まなかった。それもそうだ、生死に関わる話をしながら食べられるはずない。
ましてや、今後この子の人生を丸ごといただくとなると尚更。
重い口を開いて尋ねる。
「あの、沙羅さんは、本当に、もうすぐ死んじゃうんですか?」
「うん、お医者さんがお手上げだって。もっと体調が悪くなったら緩和ケア病棟ってところに入院するの。そうなったら家に帰れるかもわからない。あとさ、歳一緒なんだから敬語使わなくていいよ。たぶん、こうして会うのも今日が最初で最後だろうし」
あっさりと自分の運命を受け入れている。まるで他人事とか物語とかみたいに平気で喋っている。死ぬなんて嘘みたい。でも、沙羅さんの顔は写真で見るよりも細かった。顔だけじゃなくて腕も足も私の半分くらい細い。ショートヘアの黒髪もよく見ると作り物、ウィッグだ。ジュース以外注文しはしてなくて、1杯飲むだけでも休みながら時間をかけていたので大変そうだった。その姿はやっと生きている感じがした。
あえて、何の病気なのかは聞かなかった。気に障ったら失礼だし、聞いたとしても私がいつか沙羅さんになれば記憶はなくなる。こうして向かい合って話したことも忘れるのだ。
「それでさ、どうして人生変えようと思ったの?」
「え?」
「いや、だから、理由があるから今の人生捨てたいんでしょ? あたしの人生引き継いでもらうんだから、知る権利あると思うけどな。別に話したくないならいいけどさー」
確かに、人生をもらうわけだから理由を教えないのは不公平だ。
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