子育て幽霊

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院内を出た正面玄関先で鼻をかんでいると、見覚えのある男の人と遭遇する。 「あ・・・・・・宵ノ口さん」 今朝初めて会った不思議な人は、腫れぼったい目をした私を見て微笑んだ。 「泣いているんですか?」 「・・・・・・花粉症です。それよりどうしてここに? 迎えに来ないって言ったのに」 「この病院の系列の老人ホームに用があったんです。ついでに立ち寄って永遠子さんに心花ちゃんの日用品を渡そうと」 膨らんだピンク色のボストンバッグを受け取る。きっとおばあさんから預かったのだろう。 「そうでしたか、わざわざどうも」 「桔花さんに会えましたか?」 「はい、心花ちゃん、いっぱい声をかけたんですよ。ね?」 心花ちゃんは誇らしげに頷き「ママがんばってたんだよ」と言った。 「母親をやってみてどうでしたか?」 「たった1日母親役をやりましたが、うまくできていたのか自信はありません。私じゃない誰かが代わりにやっていたら、もっとこの子のためになっていたかもしれないな。なんて」 自虐的に笑うと、宵ノ口さんは否定するように首を横に振った。 「子育て幽霊を知っていますか?」 「ええと・・・・・・子どもを身ごもったまま亡くなった母親が、死後に棺の中で出産をして幽霊になって子どものために飴を買いに行くって、話ですか?」 「そうです。永遠子さんは本当の母親でもなく、かといって完全な他人ではないふわふわとした存在、まるで幽霊みたいなものです。でも役割はとても重要でした。たった1日とはいえ、こはなちゃんに愛という飴をたくさんあげたのではないでしょうか。その証拠にこの子は今笑顔で溢れています。これは紛れもなくあなたのおかげなんですよ」 確かに、ある意味私は子育て幽霊だ。いつか桔花さんが目覚めて心花ちゃんが私の元から離れ、成長したらきっと今日の思い出は掠れてしまうだろう。それでも、私があげた飴が心花ちゃんの一部として在り続けてくれたら嬉しいな。 まいった、ポケットティッシュが空になったのにまた泣きそうになる。 「あの、宵ノ口さん」 「何でしょう?」 「ありがとうございます」 なぜ突然お礼を言われたのかわからない様子で宵ノ口さんはきょとんとしていた。 「桔花さんの人生はもらいませんでしたが、結果的に私の人生はほんの少しだけ変わりました。今日という日はどんな薬よりも効果があったんです。あなたが、可愛い女の子を連れて来たおかげで私は救われました」 心花ちゃんの丸い手をそっと握る。 「母親がどんなものかを教えてもらいました。今日のこと、一生忘れません。桔花さんが帰ってくるまで、責任を持って守らせていただきます」 改めて深々と頭を下げてお礼を言う。つられて心花ちゃんも丁寧にお辞儀をした。 「僕は何もしていません。あなたが幸せそうで何よりです。あとは、優翔さんの帰りを待つのみとなりましたね」 「あはは、彼がどうするのか、こればっかりは何も言えません。だって彼の人生ですから。・・・・・・まぁ、本心は帰ってきてほしいですけどね。今日のこと話したいし」 「電話をして永遠子さんの本心を伝えますか?」 「だめだめだめ! 絶対また喧嘩になります。私は彼の幸せを邪魔する資格、ありません。あとは成り行きに任せますから、宵ノ口さんは見守っていてください」 宵ノ口さんは「承知しました」と言ってそれ以上は彼について話すのをやめた。
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