本の虫のための

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 駅に行く途中、運が悪く道路工事が行われていた。回り道をしろと案内がされている。  早く買って帰って、早く書き始めたいのに。  しかし苛立ったからといって状況が変わるわけでもない。  仕方なく右にある脇道へと入った。  この道を通るのは初めてだ。  住宅街のため、民家やアパートなどが立ち並ぶ。  ぼんやりと周りを見ながら歩いていると文房具屋を見つけた。  中途半端に古い文房具屋だ。自営業でやっているのだろう、田舎の商店街の一角にあるような小さな店だ。  古くても原稿用紙くらいならあるだろう。そうしたら、わざわざ駅ビルまで歩く必要もなくなる。  透明な自動ドア越しから店内の奥を覗くと、店主であろう爺さんが一人、新聞を広げてレジカウンターに腰掛けていた。 「営業中だよな?」と思いながら恐る恐る進むと自動ドアが開いた。 「いらっしゃい」  店主はこちらを見て、それだけ言うと再び目線を新聞へと戻した。  他に客もおらず、店内のBGMもない。はっきり言って居心地が悪い。  自分の靴音と、店主の新聞を捲る音が、無駄に大きく聞こえる。  早く原稿用紙を買って帰ろう。この際ノートでも自由帳でも、学習帳だっていい。  そう思いながら陳列棚を確認していくと、すぐに原稿用紙が見つかった。 「ん?」    手に取った原稿用紙はビニールシートに一枚だけ入ったものだった。よく見ると、商品名のところには、 『本の虫のための原稿用紙』  と書かれていた。  本の虫……読書家のための原稿用紙という意味だろうか。  何か特別な仕様があるのかと思ったが、特に何もない。表は至って普通の20字×20字の枠が入ったごく普通の原稿用紙に見える。  折り曲げてみたり、透かしてみたりなどしてみたが、これといって変わったところはない。  すると、すぐ隣から声がした。 「その原稿用紙には、虫が住んでいる」  声の主は、先ほどまでカウンターに座っていた店主だった。 「……む、虫?」  驚きすぎて、逆に声が出ない。なんとか絞り出せたのがその質問だった。 「本を食らう虫。そいつは書かれた話が好物だ。話を書いてやると、それに見合った報酬をくれる」  店主はニヤっと笑った。  気味が悪く、すぐにその場を去りたかったが、足が竦み動けずにいた。 「特別に500円でいい。税込価格だ」  爺さんが告げた。  僕は震える手で財布から500円玉を取り出し、爺さんに渡した。  すると足に力が入るのが分かった。  そしてすぐにその場から走り去った。
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